羊の頭(アンドレアス・フェーア)

ドイツで人気のミステリーシリーズの第二段。ヴァルナーとクロイトナーら刑事が、山の中で発生した殺人事件の犯人を追って活躍する。犯人と思わしき複数の人物は誰もが問題を抱えていて、それでも殺人まで犯すほどの動機はどこにあるのだろうかと考えながら刑事とともに推理をしてみる。一方、刑事たちも癖のある連中ばかりで、親との関係や異性との関係などを引きずりながら仕事をする姿がとても人間的である。

人を支配しようとするコントロールフリークの人間はどの国にも存在する。特に暴力で人を支配する人間はその典型で、加害者となることもあれば、恨みを買うことも多い。また、コントロールフリークの人間に支配されることによって、正常な思考ができなくなることもある。そうした心の動きは客観的に見ていてもとても痛々しいものであるが、きっと世界中にこうした問題が転がっているからこそ、誰が読んでも共感できる物語となっているのだろう。

スリリングでスピード感のある展開は、想定通りと思われたラストシーンを超えて着地した。自分が蒔いた種は自分で責任を負うというのが社会のルールかもしれないが、単純に自己責任として片づけてしまうには重すぎる問題が社会には無数に横たわっている。

個人的おすすめ度 3.5

戦争は女の顔をしていない(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ)

第二次世界大戦時、ソ連は女性を男性と同じように前線へ送った。この大戦の犠牲者数だけを見ても、ソ連は世界で突出している。多くの命が失われ、戻ってきた人たちも体と心に大きな傷を負っていた。戦線で活躍した男性は、帰還してから称えられる一方、女性たちの多くは口を閉ざし、辛い現実に直面した。勝利は男性のためものだったのだろうか。

著者は、この戦争で戦った女性たちの声をひとつひとつ拾い上げ、彼女たちはそのとき何を考えて行動し、何を失い、何を得たのか、その現実を脚色することなく伝えようとした。映画などで見る戦争は、正視に耐えるきれいな部分だけを描いているというのは、確かにその通りだろう。彼女たちが語る現実は、他人であっても見たくない現実が多分に含まれていた。

憎しみと絶望、そして僅かな希望。軽々しく失われていく命。それらが非日常ではなく日常となる日々。きっとここに語られていることは氷山の一角に違いない。

そうした死に溢れる日常から帰還した彼女たちを、人々は称えるどころか、歓迎もしなかった。そのことにまた傷つきながら生きてきた彼女たちの声を私たちは聞くべきである。そして、同じ過ちを繰り返さないために、決して忘れてはいけない。

目を背けずにこの本を読んでほしい。一人でも多くの人に読んでほしい作品である。

個人的おすすめ度 4.0

塞王の楯(今村 翔吾)

戦国時代、石垣施工の技能集団・穴太衆。その中でも、石垣を築く技術を持った天才を人は塞王と呼んだ。穴太衆の若きリーダーとなった匡介は、絶対に破られない石垣を造れば、戦国の世を終わらせることができると考えていた。

一方、鉄砲職人集団の国友衆にも一人の天才技能者がいた。 国友衆のリーダー・彦九郎は穴太衆の石垣を破るような圧倒的な武器を生み出せば、それが抑止力となって戦国の世は終わると考えていた。

戦国の世の盾と矛、互いに極めるところは「矛盾」の対立であるが、目指す場所は太平の世であった。そして、戦国末期、ついに二人の天才が相まみえることになる。

矢じりや鉄砲が飛び交う籠城戦の最中でも、石を積み上げて城を護る職人たちの命懸けの仕事ぶりはまるで鬼人の群れようである。彼らを支えるものは、職人としての誇りと、そして守りたい人々の姿であろう。クライマックスでは、迸る汗すらも見えるかのような臨場感ある攻防に圧倒された。

個人的には、私の中にあった京極高次という武将のイメージがこの作品で刷新された。今村祥吾氏の作品を読むと、こうした新しい視点をもらうことができるのも面白い。楽しみながら学びもあった一冊である。

個人的おすすめ度 4.5

遠くの声に耳を澄ませて(宮下 奈都)

同じ日は二度とない。同じ人生もない。普通ということも実はひとつもない。すべての人の人生が特別だ。そのことを意識する必要もないほどに。

十二編の物語は、遠くの誰かの物語のようで、すぐ隣の誰かのような気もする。私の人生は誰かの人生の中にもあり、私の人生の中には多くの誰かが過ぎていく。毎日畑仕事をして生きてきた祖父母が語った遠い街の風景が、後半一気に目の前に広がる「アンデスの声」。新しい一歩は気づいたら始まっているのだろうと思えた「転がる小石」。旅に出た大切な人を思い出しながら大事なことに気づく「どこにでも猫がいる」。次々と紡がれる物語は、まるで乾いた土に撒かれた水のように心に染みていく。

それぞれ独立した短編の登場人物たちは、複数の物語に登場して、どこかで繋がっている。きっと二度、三度と読み返すと、さらに豊かな人の広がりが見えてくるのだろう。実社会の時間はきっとこんな風に流れているんだろうなとしみじみ感じる。

読了後、幸せとも何度も形容しがたい満足感に満たされ、自分なりに生きて行けばいいんだなという気持ちになった。時間をおいて再読したい一冊である。

個人的おすすめ度 3.5

人間滅亡的人生案内(深沢 七郎)

学生運動が盛んだった時代だろうか。若者たちの悩み相談的な投稿に、逆説的な皮肉も込めて応える深沢七郎の言葉。著者の意見に納得したり、あるいは自分は違うなと思ったり、そうやって読み進めているうちに、ただただ純粋に生きようと思えるようになる。

そもそも動物なんて悩まずただただ生きているのに、人間だけが何で悩む必要があるのか、という。一方、欲もなくただ生きていければそれでいいという相談には、その考え方こそ他人を搾取して生きようとする恐ろしい考えだと指摘する。生きる理由がわからないといった人には、悩むことがそもそもナンセンスだと言い、恋の悩みには単純明快に行動を促す。

模範的な回答が欲しいのであれば、質問をする時点で答えは予測できてしまうだろうから、そんなものは面白くもなんともない。必要なのは自分で考えるためのきっかけだ。人生に悩んだとき、落ち込んだとき、この本をつらつらと読みながら、ふと今も生きている自分に気づくのである。

個人的おすすめ度 3.5

しろいろの街の、その骨の体温の(村田 沙耶香)

小学生から中学生になって思春期を迎え、体も心も変化していく時期。 自分を守るすべを知らず、だから自分を守るために人を傷つける。子供は純粋などという絵空事ではなく、子供ほど残酷であるという事実を思い出し、胃が痛くなるような物語を読んだ。

体の成長は性への目覚めへとつながっていくが、それを受け入れようとする心の揺らぎが恐ろしいほどリアルに描かれている。女と男の精神的な成長速度のズレ、あるいは同性でも成長の差異は、言葉では表現できない正体不明の違和感を生む。そんなことは大人になればわかるという人もいる、ここまでしっかり捉えて表現できる作品にはなかなか出会えない。

読むほどに辛い気持ちが増して、どこまでも追い詰められていく気持ちになったが、だからこそ主人公がその先に見た世界を知りたくて夢中で頁を捲った。そして、読み終えてしばし天井を見上げて呆然とした。自分とは何かという大人でさえ難しい問いを、思春期の彼らが必死に考え藻掻いている姿が心に深く刺さった。

個人的おすすめ度 4.0

同志少女よ、敵を撃て(逢坂 冬馬)

第二次世界大戦で女性を兵士として戦場に送ったソ連。女性として、ロシア人として、人として、何のために戦うのか、そして戦った後に何があるのか、いくつもの問いかけが弾丸のような速さで戦場を駆け抜けていく。圧倒的な臨場感、そして主人公たちの心の葛藤に、自分が読者であることを忘れて没頭した。

戦争という愚かな行為は誰のためのものだろうか。尊厳され守られいないまま失われていく命の数々。狙撃兵となった主人公の女性、あるいは彼女が所属した狙撃部隊の仲間たち、その視点から見える世界には単なる善悪では片づけられない人間の姿が見える。人を殺しながらも、人間性を保つということの矛盾をどう消化していくのか、そのことは戦争の歴史の中であまり語られない部分なのだろう。

また、女性を社会的な弱者としておきたい男性社会の傲慢。民族をひとくくりにして均質化してしまうような人間性の欠乏。今もなお社会の歪となっている問題は、戦争という人間性を否定される状況下では、恥ずかしげもなく露になっていくのだろう。

アガサ・クリスティー賞受賞の本作品は著者のデビュー作だという。「衝撃のデビュー作」とはまさにこのことだ。

個人的おすすめ度 5.0

新しい星(彩瀬 まる)

学生時代に友情をはぐくんだ男女四人は社会人になり、それぞれが壁にぶつかっていた。そんなときに、仲間のある事柄をきっかけに再会することになった彼らは、自分自身のことに精一杯になりながらも、互いを思いやり、そして互いを必要としていた。

大切なものを失ったとき、他の物事で代替することはできないし、忘れることが正解でもない。むしろ、その悲しみを背負って生きていくことが人間らしいとも思える。しかし、一人で背負いきれないときには、誰かの力を借りなければ前に進めないこともあるのだろう。彼らを見ていてそんなことを感じた。

若い時にこの作品を読んだら、素直に受け入れられなかったかもしれない。読み終えてみて、ようやく人の痛みが少しは想像できるようになったのかなと思う。切ないながらも希望が見えるラストシーンが印象に残った。

個人的おすすめ度 3.5

黒牢城(米澤 穂信)

荒木村重は有岡城にて織田信長に反旗を翻した。物語は有岡城で起こる事件の謎を突き詰めていく戦国ミステリーだが、憂き世の切なさが溢れる世界が現代社会にも重なって見えた。

秀吉の使者として有岡城に遣わされた黒田官兵衛を、村重は土牢に監禁する。戦国の世の習いに従えば、使者を切り捨てるのが常道であったが、村重はなぜ官兵衛を生かしたのか。物語はまずひとつの疑問を投げかけ、そこからいくつかの事件が続くことになる。史実に沿って展開する物語の中で、ミステリーとして展開する物語の巧みさに翻弄される心地よさがある。

読者としては、有岡城が陥落した歴史的な事実を知っている。やがて最期を迎えるこの城にあって、そこに生きた人々が何を求め、何と闘い、どこに到達したのかということもまたこの物語の大きな見どころである。物理的な側面からの謎の解明だけでなく、人の心を想像することの大切さはいつの世も変わらない。

人が生きる理由こそが人類最大のミステリーかもしれないと思った一冊である。

個人的おすすめ度 4.5

ミカエルの鼓動(柚月 裕子)

医者は神か。医者に救いを求める患者や家族はその信者か。医療ロボット「ミカエル」を操る心臓外科医・西條は、日本におけるロボット支援下手術の第一人者として実績を積み重ねてきた。そして、所属する病院内でもその地位を確かなものにしつつあった。

しかし、ある時から西條の歯車は狂い始めていた。小さな綻びはやがて仕事ばかりではなく生活にも影響を及ぼすようになる。正体のわからない違和感が徐々に明らかになっていく中で西條は決断を迫られることになる。

医療技術の発展によって、多くの命が救われることは間違いない。そのために医療関係者たちが高い志を持って日夜努力していることには頭が下がる思いである。そのうえで、やはり医者も人間であるという当たり前の事実に気づかされる。

雪山の中で西條は命の先にあるものを見たのだろうか。

個人的おすすめ度 3.5