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まったくの拓の読書備忘録 – 小説を中心に、時々ドキュメントやエッセイも読みます。

両手にトカレフ(ブレイディみかこ)

公平な社会なんてありえない。しかし、存在が比較対象になるならまだましかもしれない。そこにいながら、いないことにされている者が少なからずいることの現実(リアル)。

アル中の母親と暮らす14歳の少女ミアと弟のチャーリーにとって、生きることを許された社会はとても狭いものだ。外から見れば、もっと広い世界がある、ほかに選択肢があるのだと思っても、それを彼らがどうして知るすべがあるのだろう。結局、人は自分が想像できる範囲のことしか社会として認識できない。それは、私たち自身が彼らの存在を認識できないということとイコールである。

この物語にはわずかでも救いがある。きっと著者がこれをドキュメントとしては描けなかったというのは、現実はこの何倍も厳しいということなのだろう。そして救いのないことが多いのだろう。

私と私以外の存在の違いとは何だろうか。人は、私以外の存在を想像することができるはずだが、同時にそれを考えずに生きていくこともできるのだ。他人にも人の心があることを忘れないようにしたい。それが自分の心を大切にすることにも繋がる。声なき声を聴こうとすれば、銃口を突き付けられることもある。その覚悟があるかを問われた気がした。

個人的おすすめ度 4.0

ベストエッセイ2022

きっとこの本を後で読み返すと、その時代を思い出すことだろう。泣けるエッセイもあれば、笑えるエッセイもあり、考えさせられるものもあれば、するりと納得できるものもある。それにしても、さすがに「ベストエッセイ」というだけあって、どれもよいエッセイである。

まず、この本を知るきかっけにいなった佐々涼子さんのエッセイ「この世の通路」を最初に読んだのだが、人がこの世に生まれ、やがてこの世から去っていくことの死生観が、驚きとともに重苦しくなく表現されていた。

寮美千子さんの「心の扉を開く言葉」は、少年刑務所の受刑者が書いた詩からの話。これは素直に感動した。心のこもった言葉には本当に力があると思う。

岸田奈美さんの「ガラスのこころ」は、ダウン症の弟との話。人を思いやること、人の気持ちを想像することの大切さを教えてくれる。なぜ人は、そういう当たり前のことを忘れてしまうのだろう。

田中卓志さんの「最高の食事」には泣けた。母親が作ってくれたお弁当の話。このエッセイは本当に多くの人に読んでもらいたい。

作家だけでなく、様々な立場の方のエッセイがあり、もっと読みたいと思う方も多々。手元に置いておいて、また読み返してみたいと思う。

個人的おすすめ度 4.0

わしの眼は十年先が見える: 大原孫三郎の生涯(城山 三郎)

篤志家という言葉は、まさにこういう人物のためにあるのだと思う。明治から昭和にかけ、倉敷から日本の成長を支えた大原孫三郎氏と、その息子さんである總一郎氏。人として、経営者として、この方々の生き方には感銘を受ける。圧倒的な行動力、迷いのない判断、そして責任遂行能力、あらゆる面で学ぶことが多い。

現在のクラボウ、クラレ、中国銀行、中国電力などの社長を務め、この地域の一大財閥を築き上げる一方、社会福祉や文化事業にも多大なる貢献をしてきた。何より素晴らしいのは、これらの成果が今なお継続されていることである。そこには、人を大切にして育てていくという理念が根底にあるからに違いない。

今の日本において抜け落ちている視点、それは十年先、百年先を見据え、社会に投資していくことだと理解した。この本を薦めていただいた経営者の方に感謝したい。そして、ただ脱帽するばかりでなく、社会に対する姿勢を学び、自分自身もそうあれるように努力したいと思う。

個人的おすすめ度 4.0

遮光(中村 文則)

この物語を読んでいて、物凄く不快になるのは、主人公のどこかに自分自身の一部を見るからだろうか。善い人間でありたいと願い、少しでも真人間になれるよう努力することは、そうでない自分の現実を認めることなのだろうか。

厭世的、悲観的、あるいは無政府主義者、そんな言葉を並べてみても彼の人生には何の意味もない。彼女を失ったことは通過点に過ぎないし、その彼女の小指を瓶に入れて持ち歩いていることも、小さなことでしかないように思う。彼自身の本質は、それまでの人生の中で培われ、これからもそういう者として生きていくのだろう。

ありのままの自分自身からの逃避──。孤独な自分を受容できず、他人を傷つけることでしか表現できない歪んだ人間関係。鉛のように重たい読後感は、現代社会において、彼のような存在に圧倒的な現実を感じてしまうからかもしれない。

個人的おすすめ度 3.5

EAT&RUN 100マイルを走る僕の旅(スコット・ジュレク)

走るという動作は多くの人にとって当たり前にできることだが、それを100マイル(160キロ)も続けるとなると別の話だ。私もフルマラソンは何度か走ったことがあるが、その何倍もの距離を走るのは想像もつかない。しかも、標高差の激しい山岳部を走り、気温50度というデスバレーを走る。もはや狂気の沙汰である。

しかし、この本を読んでいると、なぜこんなにも過酷なことをするのかを、少しは理解できた気になる。痛みがあるのは当たり前、辛いのは当たり前、しかし前に進まなくてはいけない、乗り越えた先に喜びがあるというのは、人生の歩みとも重なる。

たとえ100マイルとは言え、レースはひとときのものでしかない。もしてやゴールは一瞬の出来事である。大切なのはゴールすることでもなく、優勝という結果でもなく、そこに至る過程なのだと思う。

この作品では走ることだけでなく、食べるということの大切さについて多くの学びがある。食べ物が人の体を作るのだから、その大切さは当たり前なのだが、実際にはあまり深く考えてこなかったことに気づいた。彼ほど徹底はできないとしても、生きていくうえで、食べることについてきちんと考えていきたいと強く思った。

私は遅速の市民ランナーではあるが、自分なりに過程を積み重ね、死ぬまで走り続けていきたい。

個人的おすすめ度 4.5

女人入眼(永井 紗耶子)

鎌倉幕府によっていよいよ武士の世が訪れた。戦のない世が訪れるかに見えたが、京では魑魅魍魎の戦いが如く陰謀が渦巻いていた。北条政子の娘である大姫を入内もまたその一手であり、主人公の周子は大姫入内を成功させるために鎌倉へと遣わされた。

この物語は、女たちの戦いを描いている。そして、世の中を動かしているのは女たちであったかもしれない。権力を手にすることが勝利だとすれば、必ずしも勝つことが幸せになることではない。女であるが故に政に使われるより、自ら進んで力を得ようとする人の心も理解できるが、大姫の心のうちが明らかになっていくにつれ、幸せとは何かを考えずにはいられなくなった。

後半は涙してしまうシーンもあり、それぞれの心の行く末を、のめりこむようにして読んだ。周子が政子と対面するラストシーンに少しだけ救われた気持ちになった。

個人的おすすめ度 4.5

夜に星を放つ(窪 美澄)

他人には見せない痛みを誰もが抱えて生きている。特に大切な存在を失うことは、伝える言葉を失うほどの痛みだ。そんなとき、いつもと変わらない夜空に美しい星があることに気づく。悲しみのない人生では、幸せに気づくことができないのかもしれない。

五編の物語はいずれも喪失の物語だ。自分のことを説明することさえ難しい心の揺らぎが文字の隙間から伝わってくる。まるで自分のことのように感情移入しながら読み、そして一緒に次の一歩を踏み出す。悲しみは一人で抱え込まなくていい、泣きたいときには泣けばいい、時間がかかってもいい、そうして前へ進んでいくんだと思う。

この本を読むと大切な人に会いたくなる。その人もまた、人には見せない悲しみを抱えているのだろう。自分の内面ばかりでなく、相手の心を想像して思いやりをもつこと、そのために本を読むんだろうな。

個人的おすすめ度 3.5

スタッフロール(深緑 野分)

映画の中では不可能が可能になる。それを実現しようとする特殊造形師マチルダ。彼女は激しい葛藤の中で、長年自らの中に存在している存在を作り上げようとする。そして、ある日突然、姿を消してしまう。

時代は過ぎ、映画の表現にCG技術が欠かせないものとなっていく。CGクリエータのヴィヴは、自らの才能に疑問を感じながらも、映像を作ることに没頭している。ヴィヴが新たに取り組むことになる仕事は、伝説となっているある作品のリメイクだった。

手で触れることができる造形物を生み出す特殊造形師と、コンピュータの中で自由に動く命を生み出すCGクリエーター。クリエイターとしての在り様は、互いにアプローチは違っても、最高の映像を作り上げるという目的においては同じものがあるのだろう。

突出した業界で生きている彼女たちが、悩みながらも作品を作り上げていく姿を描いた物語からは、クリエイターという存在へのリスペクトを感じた。スタッフロールに連ねられた一人一人に感謝をしよう。

個人的おすすめ度 4.0

白鳥とコウモリ(東野 圭吾)

人はなぜ罪を犯すのか。そもそも罪とは何なのか。人を殺してしまうほどの動機は何なのか。なぜ殺人事件が起こってしまったのか。違和感のある容疑者の証言を辿っていくと、そこには複数の家族の隠された過去があった。

事件のことを面白いと表現するのは正しくないかもしれないが、この作品はやはり面白い。一刻も早く先が知りたくて次々と頁を捲ってしまうのだが、読み終えてしまったときにはもうこの面白さを味わえないのかという喪失感すら感じてしまった。物語を楽しむというのはこういうことなのだろう。

容疑者の家族と被害者の家族は、交わることのない白鳥とコウモリのような関係であるのだが、真実を知りたいという気持ちは同じ方向を向いているとも言える。これはこの作品の大きなテーマである。容疑者の息子、被害者の娘らが、それぞれの立場から本当のことを知らなければ納得できないという気持ちに共感する。一方で、メディアやSNSなどで彼らを話題にする身勝手な振る舞いには、罪に問われることのない加害者の姿が見える。

すべてが明らかになり、納得したうえで読了。これで安心して眠ることができそうである。

個人的おすすめ度 4.5

その裁きは死(アンソニー・ホロヴィッツ)

またしても見事に翻弄された。ホーソーンシリーズ第二段も、癖のある元刑事ホーソーンと、作家アンソニー・ホロヴィッツのコンビが殺人事件の謎を追う物語。たくさんある伏線らしき仕掛け、多くの疑わしい関係者たち、それらを総合して犯人を予測しながら読むのだが、著者の想定通りに見事に罠にはまっていく読者としての自分。しかしまったく悪い心地はせず、むしろ読み終えたときに、またしても騙されたなという爽快感に満たされた。

離婚専門弁護士の死、壁に描かれた謎の数字、殺人を予告するような脅迫、そして過去の事故、さらには関係者の死、ある意味では古典的とも思われるミステリーの仕掛けが何層にも重ねられている。また、謎を解いていく探偵コンビと、競うように謎を置う刑事という構図も、探偵小説の王道である。

事件の謎を追いつつ、もうひとつの謎がホーソーンという人物の謎である。これについては、巻末の解説によると、今後予定されているホーソーンシリーズ(10話の予定)を読んでいくとわかってくるのではないかとのこと。本当に何もかもが著者の思惑通りに進んでいるのだが、物語の中のホロヴィッツという人はというと……これはまた読んでのお楽しみ。

ミステリー好きはもちろん、読書を楽しみたいという方には特におすすめのシリーズである。

個人的おすすめ度 4.0