きりんの家にようこそ 見事に人生を生き切った人々(平蔵 見子)

ホームホスピスを作ると宣言してつくられたきりんの家には、人生の最期をどう生きるかを考える人たちがいる。入居者だけでなく、その家族、そして支援する人たち、みんなでお互いの人生がどうあるべきかを考えて行動している。

この本には著者がかかわった人たちの人生の一端が描かれている。本当にこれで良いのか、もっとできることがあったのではないかと自問自答しながら一人一人を振り返る。明確な正解はないのかもしれないが、自分のことを考えてくれる人がいるということがどれほど幸せなことなのだろうと思う。

自分自身の死に直面するのはやっぱり怖いし、それを受け入れていくのは容易なことではないだろう。もちろん残された家族にとっても同じである。そして、誰もが経験しなくてはならない現実であるのだから、社会としてその準備がしっかりできる環境が必要である。

淡々と語られるそれぞれの人生──家庭で、施設で、医療現場で、介護現場で、様々な場所で今日も人々は一生懸命生きている。

個人的おすすめ度 3.0

任侠書房(今野 敏)

阿岐本組は、素人衆を泣かしちゃいけねえという昔ながらのヤクザである。貸金の取り立てはまだしも、なりゆきで倒産しかけた出版社の経営をすることになる。主人公の日村は阿岐本組のナンバーツーであり、社長となった阿岐本と共に、出版社の役員として表の仕事をすることになる。

倒産しかけている出版社だけあって問題はいくつもあるが、彼らならではのやりかたでそこに挑んでいく展開が面白い。並行して工場の借金取り立ての対応も奇想天外で、いくつものトラブルを乗り越えていく姿を見ると、任侠道は本来こうあるべきなんだろうなと思ったりしてしまう。

後半は任侠小説らしくマル暴刑事とのバトルも繰り広げられ、一冊の中に「痛快」というエキスがたくさん入った物語である。シリーズ第一弾ということで、彼らのさらなる活躍に期待し、第二弾以降も読もうと思う。

個人的おすすめ度 4.0

鉄の骨(池井戸 潤)

中堅ゼネコンの若手社員である富島平太は、公共工事の受注を担当する業務課に異動する。そこは別名・談合課と呼ばれ、きれいごとでは済まない受注競争が繰り広げられていた。

そこに係る人たちは、談合は必要悪だという。もし談合がなければ、誰も幸せにならないというのである。平太の視点で読んでいると、談合を批判したくなる一方、彼らの言い分にも一理あると理解を示したくなる。

一方、談合を必要としているもう一つの存在が政治である。官製談合によって企業を抱き込み、金のかかる政治で自らの支配を強めようとする者がいる。地下鉄工事を巡って官製談合が行われようとする中、平太は苦悩と共に企業人としての行動を強いられていく。

多彩な登場人物たちが、それぞれの立場から正論を吐く姿がとても印象に残る。正義とは何かを問いながら、一級品のエンターテインメントとして楽しませてくれる作品である。文庫本650頁の大作だが、あっという間に読了した。

個人的おすすめ度 4.0

こどもホスピスの奇跡 短い人生の「最期」をつくる(石井 光太)

生まれて間もなく、あるいは若いときに、重い病にかかってしまうことがある。若くして人生の幕を下ろしてしまう子供もいる。しかし、幸せかどうかというのは人生の長さでは測れない。そのことを考えさせてくれる場がある。

子どものためのホスピスは、わが国での歴史はとても浅く、まだまだ途上だという。その中で子どもたちのためのホスピスを作り、運営し、啓蒙しようとする人たちを追ったドキュメント作品である。そうは言っても、主役はあくまで子供たちであり、その家族である。そのうえで、この活動に携わっているすべての人々をリスペクトしたい。

もし、自分自身やその家族が、幼くして余命宣告されたとき、何を感じるだろうか。ただ絶望するだろうか。そのあと、どのような行動をとるだろうか。もし子どもホスピスがなかったら、子どもたちや家族には深い喪失感だけが残ったかもしれない。

短い人生を全力で生きる子どもたちの姿や、その傍らで共に生きる家族や支援者を見て、誰もがそうした機会を享受できる社会にしていかなくてはと思う。すべての人が幸せな人生を送れる社会とするために、子どもホスピスの充実も必要不可欠であることは間違いない。

個人的おすすめ度 4.0

あの本は読まれているか(ラーラ・プレスコット)

冷戦の時代、米国のCIAがソビエト連邦に立ち向かうために武器としたものに文学があった。ボリス・パステルナークの小説「ドクトル・ジバゴ」は、ロシア革命を批判しているとして言論統制化のソ連では出版されなかった。そこでCIAはこの作品を武器とすることを決める。

ドクトル・ジバゴを巡る作戦は、実際に行われていた作戦であり、物語の登場人物の多くが実在している。著者は、この作戦の機密情報が解除されて内容を知ったことをきかっけに、この作品を書くことを決意したという。しかも、著者のラーラという名前は、ドクトル・ジバゴのヒロインと同じ名前で、その名前の由来はまさにこの作品であるという。まさに書くべき人がこの物語を書いたと思わずにはいられない。

物語は、西側の世界、東側の世界が平行して進んでいく。そして、それぞれの場所で複数の人物の視点から語られていく。西側でCIAのスパイとなった女性を中心に、東側ではラーラのモデルとなったパステルナークの愛人を中心に、必死に生きる人々の姿が描かれている。

あの本を巡ってこんなドラマがあったのかと、ただただ驚くばかりである。そして、この本を読まなければ知ることも想像することもできなかった人々の生きる姿勢に心を打たれた。

個人的おすすめ度 4.5

心淋し川(西條 奈加)

千駄木の付近に流れていた心川(うらかわ)。その周囲に人々が住み着いて町となった心町(うらまち)。裏町を心町とするところが人情味のある場所を表している。人には言えない事情があってここに住むようになった人たちは、互いに適度な距離で助け合いながらも、深く詮索しあうことのない距離感で暮らしている。

六編の連作短編は、心町で暮らす人々の物語。思い通りにいかなくて、歯痒くて、時には誰かを恨んだり憎んだりしながら、それでも喜びを感じながら懸命に生きている。その姿がどこかが読者としての自分に重なって、心が締め付けられうような気持ちになる。

こういう話はいくつ読んでも飽きないし、もっともっと読みたいと思う。「心淋し川(うらさみしがわ)」という表題も、本を読み終えた後にまたじわりと胸に沁みてくる。

近いうちにまた千駄木の街を歩いてみよう。いつもと違う風景が見えるかもしれないから。

個人的おすすめ度 3.5

アンダードッグス(長浦 京)

農林水産省を追われて証券関連の仕事をしていた古葉慶太は、1996年12月のある日、香港在住のイタリア人富豪から、断ることのできない依頼を受ける。古葉は、そのミッションを遂行するため香港へと渡るが、やがてそれが世界を巻き込むほどの内容だということが明らかになる。

一方、2018年の世界では、古葉慶太の義理の娘である瑛美が、ある成り行きで香港へ向かうことになる。詳しい事情もわからないまま香港へ向かった瑛美は、やがて義父の真実を知ることになる。

特筆すべきは物語のスピード感である。ページを捲るたびに振り落とされそうになりながらも、主人公たちの行動にしがみついていくのだが、休むことなく困難が襲い掛かってくる。次々と失われていく命の狭間で、最後に生き残るのは誰なのかを知りたくて一気に読み切った。

映画を見ているかのような描写も素晴らしく、ラストシーンもとても印象に残った。

個人的おすすめ度 3.5

インビジブル(坂上 泉)

昭和29年の大阪で、頭部が麻袋に覆われた死体が発見される。大阪市警察、国家地方警察という異なる警察組織が合同で捜査をすることになるが、ちょうどそのころ、国会では警察組織の統合が決議目前となっていた。捜査が始まって間もなく関連が疑われる殺人が発生するが、警察内部での争いによって捜査は難航する。

戦争を経て新たな価値観が形成されつつある中、熱気を含んだ時代の空気感が犇々と伝わってくる。豊かさへ向けて一歩を踏み出した人々がいる一方、かつて切り捨てられた人々は未だに這いつくばって生きている。そうした中、主人公をはじめとする刑事たちは、警察が護るべきものは何なのかを問われるのである。

社会から見えざる者の存在がこの物語のテーマであろう。人間が人間である限り、現代においても同じように存在しないかのように扱われている人々がいるはずだ。この物語が訴える本当に意味はとても深いものだと感じた。

個人的おすすめ度 4.0

オルタネート(加藤 シゲアキ)

若い時には時間は無限に感じられる。振り返ればそれは一瞬の貴重な瞬間だとしても。

高校生しか利用できないSNSオルタネート。同じ高校にいながら、つながりのきっかけはSNSであるというのは、いまや当たり前のことなのかもしれない。この物語に出てくる誰もが物語の主役であり、複数の視点からの物語が平行し、時には絡み合いながら十代のひと時を彩っていく。

オルタネートを信奉する者もいれば、使わないという選択をする者もいる。同世代でありながら高校生でないためにオルタネートを使えない者もいる。利用できる期間が区切られているという発想が斬新で、そのことが表現している世界観が素晴らしい。

自分自身が高校生としてこの本を読んだなら素直に共感したかもしれない。しかし、今の時点で読んだからこそ気づけることもある。自分自身のその頃を思い出して、どこか懐かしさを感じながらも、心地よく物語に浸ることができた。読後も、もう少しだけこの余韻を楽しみたいという気持ちになった。

個人的おすすめ度 4.0

3時のアッコちゃん(柚木 麻子)

主人公の女性たちは、人生の壁にぶつかって、誰にも言えない悩みを心に抱えている。他人から見れば他愛のないことかもしれないし、関心すら持ってもらいえないかもしれない。しかし、小さなきっかけで人生は良い方向へと変わっていく。ランチのアッコちゃんに続いて、とても軽快で気持ちのいい四編の物語。

この本を読みながら、アッコさんのような人に出会いたいなと思う人は少なからずいるだろう。実際は、自分のことを気にしてくれている人も身近にいるかもしれず、単に自分自身が気づいていないという可能性もある。この作品に出てくる人すべての人がアッコさんに直接出会うわけではないが、人のと出会いで人生は変わっていくのだとわかる。

笑ってしまうシーンもあれば、自然と涙が零れそうになるシーンもある。共感する部分もたくさんあり、頷きながら自分のことのように主人公を応援した。ちょっと自信を無くしてしまったとき、あと一歩の勇気が欲しい時、元気になりたいとき、この本を開くと力が湧いてくるだろう。読むビタミン剤と言えるシリーズである。

個人的おすすめ度 4.0