さよならの儀式(宮部 みゆき)

表題作を含む8本の短編は、現代社会の問題を反映したファンタジー作品で、一編読み終えるごとにチクチクと見えない棘が刺さっていくような感覚があった。

家族の在り方を問う「母の法律」、監視社会をシニカルに描いた「戦闘員」、タイムスリップによって得られる幸せを描いた「わたしとワタシ」、ロボットと人間の関係を描いた「さよならの儀式」、突然の自己覚知が印象的な「星に願いを」、正義と復讐、善と悪がどこにあるのかがわからなくなる「聖痕」、戦前・戦中のドキュメントと勘違いしてしまいそうになる「海神の裔」、繰り返される人生とは何かが問われる「保安官の月日」。同じような作品はひとつもない。

個人的に好きなのは「さよならの儀式」、「母の法律」、そして「保安官の月日」だ。特に「さよならの儀式」は印象的なシーンが続くので、短編映画化されてもよさそうな展開である。

これだけバラエティに富んだ発想があるというのは流石。じっくりと楽しませていただいた。

個人的おすすめ度 3.5

もう、聞こえない(誉田 哲也)

男を殺してしまったと話した女性は、警察の取り調べに対して、女の声が聞こえるのだと言った。女性はなぜ男を殺そうとしたのか。そもそも男との関係はどのようなものなのか。そして、女の声とは一体何なのか。

事件は過去にさかのぼる。小さなころから仲が良かった二人の少女。小学校、中学校、高校と同じ時を過ごしていたが、やがて別々の人生を歩み始めるのだが、そのときある事件が起こる。そのことがあとに起こった事件とどう係わっていくのか、進むにつれて謎が明らかになっていく。

私自身は霊感というものとまったく無縁のようだが、もし期せずして誰かの声が聞こえたとしたら、それを受け入れることができるだろうか。そんなことを考えながら、かつて同じ場所に住んでいた人たちの数奇な物語を読んだ。

個人的おすすめ度 3.5

キアズマ(近藤 史恵)

ロードレースの世界を描いたサクリファイスシリーズの第四弾は、大学生になって初めてロードバイクに乗り、その世界にのめりこんでいく若者の物語。これまでの三作品はプロの世界だったが、より読者に近い視点で描かれた本作を読むと、よりロードレースの世界を身近に感じることができる。

大きなテーマとなっているのは、なぜ自転車に乗り、なぜレースを走るのか、それぞれの登場人物のモチベーションが丁寧に描かれている。彼らが抱える葛藤には胸が苦しくなるが、それを乗り越えていってほしいという願いを込めてページを捲った。

物語の最後のレース、主人公と共に走った仲間の行動にとても感動した。はっきり言えば、まるでまだ始まったばかりかのような展開でこの本は幕を閉じるが、その先に彼らの無限の可能性が見えている。キアズマというタイトルの説明が冒頭にあるが、読了したとき、その意味が自然と腑に落ちた。

個人的おすすめ度 4.0

サヴァイヴ(近藤 史恵)

自転車ロードレースのプロの世界を描くサクリファイスシリーズの第三弾。第二作までの主人公である白石誓だけでなく、ライバルでもあり仲間でもあった伊庭和実、そして白石がかつて所属していたチームのエースであった石尾豪ら、個性的な面々が人生かけて臨むロードレースの面白さや厳しさが描かれたオムニバス形式の物語。

これまでの物語の隙間を埋めていくエピソードにより、それぞれの人物像がより深く掘り下げられているのが面白い。そして、このシリーズ最大の見どころである臨場感溢れるレースシーンは、自転車レースを知らない私であってもまるでそこに参加しているかのような緊張感を味わうことができる。

トップ選手になるほど感じるであろう孤独は、本来、その立場に立たなければ実感することはできないが、極限まで追いつめられるようなギリギリの戦いは読んでいて胃がキリキリと痛むほどである。ロードレースにおける勝利とは、単に自分が勝つということではなく、自分を犠牲にしてチームの誰かを勝たせることでもある。そのあり方は、いわゆる社会における人間一人ひとりの役割と、その役割を演じることに対する複雑な感情を象徴しているようである。

さらなる続編もすぐに読みたいと思う。本当に心を揺さぶられる感動の物語である。

個人的おすすめ度 4.0

似せ者(松井 今朝子)

異なる立場から歌舞伎に携わる人々を描いた四編の物語は、いずれも心にじわりと染みる秀作だった。

表題作の「似せ者」は、亡き名優に仕えた男が、似た役者に二代目を名乗らせて育てていこうとする話である。名優と似せ者、そして主人公の男、それぞれの生き方から、人生の不思議さ、面白さが見えてくる。

「狛犬」は、二人の役者の男物語だが、四作のうちで最も泣けた作品だった。大切なものは失って初めて気づくということがある。そういう思いを背負って人は生きていかなくてはいけないのだろう。

「鶴亀」は、興行師の男が、馴染みの役者の引退興行を取り仕切るために奔走する。最後の興行のあと、役者の行動が問題になっていくが、やがて興行師の男がこの役者にこだわるもう一つの理由などが明らかになっていく。

「心残して」は、幕末の江戸で、三味線弾きの主人公と武士の男の友情にも似た物語である。残された者の思いが語られるシーンは、この本に収録された四編すべてに通じる、生きている者が背負っている物事の重さを感じた。

小説であることも忘れて没頭してしまうほど鮮やかに描かれた人々の姿。いつの時代も人の心は変わらないものである。

個人的おすすめ度 4.0

プライド (真山 仁)

ハゲタカシリーズの著者が描く短編シリーズは、社会問題を抉った鋭い作品ばかりだった。それぞれの作品を読むと、当時、似たようなニュースがあったなということを思い出す。企業や政治の不正は、単なる一企業や個人の問題ではなく、社会全体の問題として捉えなければならないのだが、実際には多くの無関心がそのことを引き起こしているのだと気付く。

農業問題、医療問題、食費安全問題など、本来、我々の身近にある事柄について、ニュースを見ながらどこか他人事のように感じていた自分がいる。憤りを感じたとしてもそれは一過性のもので、マスコミが報じなくなればやがて忘れてしまう。問題は何も解決していないにも拘わらず。

この本を読むと、常に様々なことに疑問を持ち、自らの頭で考えて行動することが何よりも必要だと理解できる。その行動が目先の不利益になるとしても、である。それぞれの物語には、行動したからといってすぐに社会が変革されていくような安易な希望はない。厳しい現実が突き付けられるばかりである。

それでも行動を起こしていかなければというモチベーションを与えてくれるのがこの本だ。社会を構成する一人として、しっかりと胸に刻んでおくべき作品だった。

個人的おすすめ度 4.0

クララとお日さま(カズオ・イシグロ)

AF(人工親友)のクララは、自分のことを選んでくれた少女ジョジーが幸せになることを願っている。クララのその気持ちは、子供が夢を見るような純粋さである。ジョジーもまたクララの幸せを願い、彼女の母は彼女の幸せを願っている。

その瞬間で思っていることは正しいが、人の心は移ろっていく。そして、時に心はすれ違うこともある。クララはそのことを経験して学んでいくが、ジョジーへの思いは変わらない。そして、そのことがある行動へとつながっていく。

AFという主人公の視点から描かれていることにより、無償の愛の美しさと切なさが際立つ。誰かの幸せを願って生き、その願いが叶った時の喜び、──そして、その先にある幸せとは何かを考えさせられる。ハッピーエンドであるはずのラストシーンは本当に切なく、深い余韻が残る作品だった。

個人的おすすめ度 4.0

あなたか消えた夜に(中村 文則)

不可解な連続通り魔殺人事件──それは愛なのか、それとも人の心に巣食う悪なのか。狂気と正気の境目はやがて曖昧になり、読んでいる自分自身が怖くなってくる。

神に語りかけ、やがて神に失望し、後戻りのできない世界へと進んでしまう人間の性。それが理解できないものかと問われると否であり、誰もが少なからず心の奥に秘めている破滅への憧れかもしれない。なぜそうした感情があるのか、言葉にすることは難しいが、著者はそこを淡々と描き切っているのが素晴らしく、そして恐ろしくもある。

今、ニュースで猟奇的殺人事件があったことを知れば、その犯人像を思い浮かべながらも、理解できないことだと嫌悪を示すことだろう。しかし、この作品に引きずり込まれると、その嫌悪は自分自身にも向けなくてはならないと感じてしまう。他人事ではなくなってしまうのである。

中盤から後半にかけて、文中には表現を強調する太字部が現れる。目をそむけたくなる部分だからこそ、決して目をそらすなと言われているようで、背筋に寒さを感じながら読み進めた。虚しさが残る結末──この結末に希望を感じてよいのだろうか。

個人的おすすめ度 4.0

推し、燃ゆ(宇佐見 りん)

アイドルを追いかける高校生の少女にとって、「推し」は自らの背骨であると認識するほど生活の中心だった。その推しがファンを殴り炎上した。

日常生活も学校生活も何もかも上手くいかない。それでも、推しのことを見ているとき、考えているときだけは没頭できる。他人から見たら、それは病にすら見えるかもしれない。しかし、それだけが彼女が感じられる生きる意味だとしたら、それは否定すべきものではないかもしれない。

上手く説明ができず、身近な人からも理解されていないように感じる、そうした歯がゆさがとてもストレートに伝わってくる。できないことが多いことについて、発達障害という言葉で片づけてしまえばいいことでもなく、ただそうした思いがあるということを感じるほかないと思う。

ラストシーンとなる情景描写には希望を感じた。できないことを数える社会ではなく、できることをひとつでも見つながら生きられる社会であってほしい。

個人的おすすめ度 4.0

カケラ(湊 かなえ)

少女は大量のドーナツに囲まれて死んだ。彼女は、かつての同級生の娘らしい。美容整形外科医の橘久乃は、彼女の死の真相を求めて関係者に話を聞いていくが、そこには人々が抱えるコンプレックスの欠片(カケラ)が散らばっていた。

太っていること、背が低いこと、鼻が低いことなど、人がもつコンプレックスは十人十色だ。他人からすれば必ずしもネガティブな要素ではないとしても、その人自身がどう感じているかが問題なのだろう。そして、多くのコンプレックスはビジネスになる。ダイエットにしろ、美容整形にしろ、それが解消されることで前向きに生きられるなら、積極的に投資する価値があるように思う。

ただ、それが個人の問題であるうちはまだいいが、自分と似たような容姿だから、あるいは似たような境遇だから、同じようにコンプレックスに感じていはずだと、善意の押し売りが始まると厄介である。逆に他人を自分と同じ不幸に引きずり込んでいることにさえ気づかない恐ろしさがある。

もっともよい解決方法は、自分自身がもっているコンプレックスの欠片がパズルのようにきれいに収まる場所を見つけることなのだろう。しかし現実問題、それができるなら世の中の多くの問題は解決していることだろう。

この本を読んでいて怖いなと感じたのは、身近にありそうなことであると同時に、私自身の中にもこうした感情があることを否が応でも認識してしまうことだった。

個人的おすすめ度 3.5