償いの雪が降る(アレン・エスケンス)

大学生のジョーは、身近な年長者の伝記を書くという課題のため、介護施設で末期がん患者のカールの話を聞くことにする。
カールは過去に少女暴行殺人の罪で有罪となり服役していた男で、人生の最後を施設で過ごしていた。

ジョーはカールの話を聞くうちに、過去の事件の真相に疑問を抱くようになる。
そして真実を求めてそのことを調べ始める。

ジョーは、ただカールの話を聞くのではなく、互いに誰にも言えなかった過去をさらけ出すことで「償い」をしていくように見える。
人間は、真面目に生きようとするからこそ、誰にも言えない重石を背負ってしまうものなのかもしれない。

この物語がとても素敵なのは、ジョーやカール、隣人のライナ、弟のジェレミーなど、魅力的な人物が登場することだ。
読めば読むほど、彼らのことが好きになってしまい、読み終えたときには彼らの素晴らしい未来をもっと応援したくなっていた。

事件の謎を追っていくヒューマンドラマであるだけでなく、サスペンスフルな展開にドキドキハラハラする場面もあり、最後の一文字まで楽しむことが出来る作品だった。

個人的おすすめ度 4.0

死にたい夜に限って(爪 切男)

主人公の男の、恥ずかしくも切ない半生を描いたコメディ作品。
大人になりきれない作家志望の男は、ミュージシャンを目指す彼女と一緒に暮らしはじめる。
彼の恋愛は、どろどろした恋愛ではなく、どちらかというと中学生の恋愛のような感覚だなと思うが、そのためかほかの女にふらふらしたり、風俗へ通ったりと、よく言えば自分の人生を模索しながら楽しんでいる。
一方の彼女は、ある意味ではアーティストらしく我が道を行く人で、どうにかして世の中生きて行けるんだろうなと思うような女性である。
お互いになかなか殻を破れずに、悶々とした日々が続いていくが、それはそれで楽しい日々に見えた。
そして、私たちの日常もそんなものかもしれない。

主人公のことを、しょうもない奴だなと思いながら読んでいたが、最後に彼女が彼の一つしかない“いいところ”を伝える。
「どんなに辛いことがあっても『まぁいいか』で済ませられるところだね。」
この一言、まさに私自身のことだと思った。
人生なんて、おおむね喜劇なんだろうと理解した一冊だった。

個人的おすすめ度 3.5

罪の轍(奥田 英朗)

東京オリンピックを翌年に控えた昭和38年、南千住で発生した強盗殺人事件、さらには浅草で発生した男児誘拐事件が発生する。
容疑者は、北海道の礼文島から逃げてきた男・宇野寛治。
それを追う若手刑事・落合昌夫。
それぞれの視点から、この事件が発生した背景や、当時の警察組織の内部事情、そしてマスコミが果たした役割などが描かれていく。
重苦しい内容で、やるせない気持ちに満たされていくが、物語から目を逸らすことが出来ず、貪るように読書した。
フィクションだが、吉展ちゃん誘拐殺人事件がこの物語のモデルになっていて、この事件が提起した問題がしっかりと描かれている。
読み応えのある一冊だった。

個人的おすすめ度 4.5

戦場のアリス(ケイト・クイン)

1947年、主人公の女性シャーリーは、第二次世界大戦で行方不明になった従姉を探すためにある人物を訪ねる。
それは、第一次世界大戦中にスパイとして活躍した女性イヴだった。
物語は、第一次世界大戦当時のイヴの視点と、1947年のシャーリーの視点を行き来しながら、やがてその接点が明らかになっていく。

イヴが属するスパイのネットワーク、アリスネットワークは実在したもので、登場する多くの人が実在の人物をモデルとしている。
そして、多くの出来事もまた、実際に起こったことを下地として描かれている。

スパイの仕事はいわば裏稼業であり、表立って称賛されることより、蔑まれることの方が遥かに多いだろう。
それでもなお、信念をもって立ち向かっていく彼女たちの姿は、人間としてかっこよく、美しい。

一方、そうした彼女たちの姿を知っていくシャーリーは、親から自立して大人へと成長していく。
きれいごとを並べるのではなく、実社会で人間として生きるというのはこういうことなのだろうと納得せざるを得ない。

読み終えてしまうのが惜しい、素晴らしい一冊だった。

個人的おすすめ度 5.0

羆嵐(吉村 昭)

北海道・苫前村で大正四年に起きた三毛別熊事件を取材して描かれたドキュメント小説。
羆(ひぐま)に襲われて7名の犠牲者を出したこの事件から、自然を前にしたときの人間の無力さを感じる。
そのことを事件で思い知りながらも、そこにいなかった人間にとってそれは単なる他所での出来事かもしれない。
だから人間は自然の前で驕り続け、やがてまた同じことを繰り返してしまう。

羆に対する畏怖の念は、人が敬うべき自然の象徴でもあると思う。
人の命も羆の命も自然の前では等しく扱われるのであり、私たちはそのことを受け入れて生きていくべきだろう。

淡々とした描写から、人々の心の変化が見事に伝わってくる。
小説であることを忘れ、あたかも自身がその場にいるのではないかとさえ感じたほどである。
自然と人間の普遍的な関係性を描いた作品であり、いつの時代でも読み続けられる名作と言えるだろう。

個人的おすすめ度 4.0

風は西から(村山 由佳)

会社は何のためにあるのか?
従業員が幸せになれない会社に存在意義はあるのか?
カリスマ経営者によって洗脳されて自殺する従業員の死は、誰の責任なのか?
ブラック企業が名指しされるようになり、以前よりだいぶ働きやすくなったと思うが、今も違った形でブラック企業は存在していると思う。

やりがいのある仕事に喜びを感じる女性と、ブラック企業で働く彼氏を対比して、同じ忙しいという環境にも明らかな違いがあるということをわかりやすく示してくれている。
ブラック企業の環境には読んでいるだけで胃が痛くなりながら、それと戦う主人公たちの頑張りを、心配しながら応援した。

本書のタイトルにもなっている奥田民生の名曲「風は西から」が随所に引用されていて、頭の中でフレーズが流れる。

明日へ突っ走れ 未来へ突っ走れ 魂で走れ

本当に大切な未来のために、明日へ向かって頑張っていこう。

個人的おすすめ度 3.5

アウシュヴィッツの図書係(アントニオ・G・イトゥルベ)

第二次世界大戦下、アウシュヴィッツ強制収容所に両親らと共に収容された主人公ディタ。
そこには、密かに学校が開かれ、彼女は図書係として8冊の本を管理することになった。

過酷な収容所の環境は、人々から命だけでなく、希望を奪っていく。
しかし、本はそんな状況にあっても、喜びを与えてくれた。
そして、考えることを止めてしまいたくなるほどの状況でも、前向きに考える力を与えてくれた。

この物語は実話をベースに書かれたもので、人々が生きていくために必要なものは、単にパンと水だけではなかったことを教えてくれる。
一方、ナチスやそれに加担してしまった人々もまた、戦争によって思考を麻痺させてしまったのかもしれない。

彼女をはじめ、人々が苦しみながらも生き抜いていく姿に心を打た。
このような本をいつでも自由に読むことができる幸せが、世界中で共有されることを願う。

個人的おすすめ度 4.5

神去なあなあ夜話(三浦 しをん)

買い物する場所や飲食店があまりない地域の事を「何もないところ」と表現することがあるが、それは単に何も見えていないというだけのことだろう。
神去村で林業の従事し始めた主人公・勇気は、前作では無理やりこの地にやってきたものだったが、やがてこの地で生きていくことを自ら選択していくようになる。
そこには、目に見えない大切なものが「確かにある」のである。

電車の中で読んでいても笑ってしまうくらい面白い場面がたくさんある一方、普段は見せない悲しみも含めて、過去から未来へと続くこの村のことを見つめる姿勢には心を揺さぶられる。

村にある多くの事柄は、神去村だけにあるものではなく、自分が暮らしている場所にもあるのだろう。
自分の周りにも素敵なことがたくさんあることに気づかせてくれる作品だと思う。

個人的おすすめ度 3.5

王国(中村 文則)

「掏摸」の兄妹編でもある本作品も、木崎に運命を握られてもてあそばれる主人公が描かれている。
自分で人生を選んでいるつもりでも、実は大きな力によって運命が操られているのかもしれない。
それでもなお抗って生きようとする人間という存在の意味を考えさせられる。
それはつまり、自分自身の生きる理由を顧みるということでもあると思う。

この物語の中には、ナイフのように鋭い表現が随所にあり、そのたびに抉られるような痛みを感じる。
例えば、「大勢が頷ける言葉は、その言葉に頷けない者達を、疎外感によって苦しめることがある」という表現があった。
そして、主人公はこのことを、自分自身が歪んでいて、社会をまっすぐに見ることができないからだと考える。
しかし、こうした感情に多くの人が共感するなら、歪んでいるのは社会であるのかもしれない。
あるいは、人間とはそうした社会に生きる運命にあるのだろうか。

この作品単体でも完成された作品であるが、できれば「掏摸」とあわせて読むことをお勧めしたい。

個人的おすすめ度 4.0

手のひらの音符(藤岡 陽子)

誰もが人生の中で、大きな選択を迫られる時がある。
服飾デザイナーの水樹は、今の仕事が続けられなくなるという現実に直面する。
そのとき、学生時代の同級生からある電話が入る。
そのことをきっかけに過去を振り返ると、今の自分を作ってきてくれたのは家族や幼馴染たちだということが思い出された。
人生の選択は一人でしなくてはいけないが、人生は決して一人だけで歩むものではない。
そこにはたくさんの感謝があり、愛が溢れていた。
辛いことがあっても、前向きに頑張って行こうと思える一冊。

個人的おすすめ度 3.5