さよならも言えないうちに(川口 俊和)

「コーヒーが冷めないうちに」シリーズの第四弾は、タイトルの通り別れてしまったことへの後悔を引きずった人が、過去に戻ることで、納得してこれからの人生を歩んでいけるようになる4つの物語である。現実を変えることはできなくても、ひとつの事実に気づくかどうかで、物事の見え方が変わってくる。そんなことがきっと日常には溢れている。

4編の中で、特に愛犬との物語を読みながら、5年前に亡くなった猫のことを思い出した。もし過去に戻ることができるなら、一瞬でもあの子に会いたいと思う気持ちが今でもある。一緒に暮らす犬や猫は家族と同じで、ただ人間が一方的に保護するばかりの存在ではなく、彼らも家族として暮らす人間のことを思いやり、互いに支えながら生きているのだと思う。

とても穏やかな気持ちで安心して読むことができる一冊。

個人的おすすめ度 3.5

出星前夜(飯嶋 和一)

歴史を学ぶというのは、年号を覚えることに非ず。なぜ人々がそのような歴史を歩んだのか、そこにあった人々の心を想像し、未来への学びとすることこそ、歴史に学ぶということなのだろう。そのことを痛感させられる作品である。

小中学生で習った島原の乱は、キリスト教徒による武装蜂起だったという程度のものであった。キリスト教が禁止され、それに対する反発だったといった認識しか持ち合わせていなかった。まったく不勉強極まりなかったと思う。この作品では、なぜ彼らは勝ち目のない戦いのために蜂起したのか、それを選択せざるを得なかった背景を丁寧に描いている。人々を支配しようとする為政者にとって、ギリギリの生活を続け、それでいて抵抗せず、求められるままに納税し続けてくれる住民ほど有難いものはない。そのために、キリスト教の禁止という施策は、人を支配するための口実として都合よく使われたのである。

住民たちの蜂起への共感は、判官贔屓という言葉で表現されるような弱い立場の者への同情ではない。人が人として生きようとする強さへの共感である。同時に、単なるきれいごとではない人々の姿、宗教を信じて聖なる死を受け入れるよりも、ただ生きたいと願う人々の行動にも共感する。そこに、愚かで愛すべき人の姿が、私と同じく赤い血が流れる同じ人としての姿が見えた。

この一冊と出会えたことに感謝したい。そして、多くの人にこの本が読まれることを願う。

個人的おすすめ度 5.0

神様の貨物(ジャン=クロード・グランベール)

ユダヤ人迫害が激しさを増す戦争の時代、ひとつの小さな命を守るために、両親はその命を投げ捨てるかのように他人に託した。その命を拾い受けた木こりの夫婦は、天傘の授かりものとしてその子を大切に育てるのだが、そのためには犠牲が伴う苦渋の決断があった。

子供に読み聞かせるような優しい文章の中に、愚かさと尊さが入り混じった人間のありようが表現されている。多くの命がまるで価値のないもののように失われていった時代だからこそ、小さな命に希望を感じるのだろうか。あるいは、今もなお世界は平和とは言えないからこそ、この作品に光を求めるのだろうか。

物語の終わりに、悲しくて素敵な出会いが待っている。そして、その子が力強く未来へ向かっていく様が見えた。

個人的おすすめ度 3.5

狐笛のかなた(上橋 菜穂子)

人にはない力を母から受け継いだ小夜は、あるとき犬に追われる子狐を助けた。その狐はこの世と神の世の境に棲む野火という名の霊狐であった。また、小夜は、森陰屋敷という大きな屋敷から出ることを許されない少年と出会い、心を通わせるようになる。物語は、小夜、野火、そしてその少年を中心に展開していく。

舞台は恨みあう二つの国。その一方の国で、王の後継者であった王子が病死すると、森陰屋敷に閉じ込められていた少年を巡って深刻な事態が訪れる。小夜は亡き母の出生の知り、この混乱に自ら足を踏み入れるようになる。そして、かつて小夜に救われた野火もまた、容易ではない立場にありながら小夜を助けようとする。

野間児童文芸賞を受賞した本作は、大人が読んでも心に響くファンタジー作品で、彼らの未来が気になって頁を捲る手が止まらない。架空の世界のことであるにも拘わらず、情景や彼らの姿が行間から鮮やかに浮かび上がってくる。気が付けば自分が別の世界の中に舞い込んでいる。これこそファンタジーを読む醍醐味である。

そして、このラストシーン。切ないとかそんな一言では表現しきれない、心が締め付けられるような思い。きっとこの作品を読んだ方ならわかってくれるだろうと思う。また読み返したくなる作品である。

個人的おすすめ度 3.5

約束(石田 衣良)

生きている限り明日が来る。その明日が辛くて、自分の生きる価値がわからなくなる時がある。あとから振り返ってみると、前を向けるようになったきっかけは誰かの温かさだったりする。そして、その温かさはずっと前から寄り添ってくれていたものだとわかるようになる。気づいたときには、感謝すべき相手がいなくなっていたとしても。

七編の短編は心がじわりと温かくなる作品である。主人公たちが前を向けるようになる瞬間までを描いたものばかりで、描かれていない主人公の未来に、読者としての自分の人生を重ね、希望ある明日をイメージすることができる。つまり、生きる活力をもらうことができた。

表題の「約束」は、客観的にみると本当に辛い話だが、その中にさえも希望を描けるのが石田衣良という著者の素晴らしさである。人生をかみしめたくなる読後感の良い一冊だった。

個人的おすすめ度 3.5

コンビニ兄弟 -テンダネス門司港こがね村店-(町田 そのこ)

フェロ店長、ツギさん、光莉さん、魅力的なスタッフが揃ったコンビニ・テンダネス門司港こがね村店。コンビニというと、どこでも同じサービスという安心感がある一方、個性を感じることがあまりなかったが、このコンビニはそこにしかない価値が山ほどあった。

誰もが笑顔の裏に悩みを抱えている。強く生きている人ほど、孤独の中で堪えきれずに涙が零れることがある。そして、その涙に気づき、寄り添ってくれる優しさがここの人たちにはある。本当の優しさに触れた人は、やがてその気持ちを他の誰かの幸せに変えていけるようになる。

いつもいくコンビニも生身の人間が出迎えてくれているんだなと思う。そんなのは当たり前だと思って、感謝すらしていなかった自分を顧みた。テンダネスのようなコンビニがあったらいいなと望むのなら、まず近くの人に目を向けることから始めよう。きっと素敵な人たちがそこにいるはずだ。

個人的おすすめ度 4.0

歌うクジラ(村上 龍)

未来の人間社会──物理的な意味での不老長寿を手に入れた人間だが、社会は成熟するよりもむしろ荒廃し、人の心は成長しないまま、よりエゴが露出した社会となっていた。犯罪者とその子孫たちを隔離し、それ以外の場所で理想的な社会を作ろうとした試みから見えるのは、結局、地球にとってもっとも害のあるものは人間かもしれないという悲しい答えなのかもしれない。

村上龍氏の作品には、デビュー当時から人間社会への厭世的な雰囲気が漂っていたように思う。最近、経済番組などで、新しい技術などへの前向きな意見を聞きながらも、どこか違和感を感じてしまっていたのは、著者の心の底にある絶望感がにじみ出ているせいなのか、あるいは私自身がそう見てしまうからなのだろうか。この作品を読むと、著者の基本的な姿勢は今も何も変わっていないのだと思い知らされる。

前半はいったいこの物語はどこへ向かい、何を伝えようとしているのかがまったく見えてこなかった。正直、ページをめくる指先も重かった。しかし、下巻、特に後半になると、なるほどすべてはここへたどり着くための道のりだったのかと腑に落ちて一気に読了まで突き進んだ。今のところ物語が伝えようとする半分も理解できていないかもしれないが、ファンタジーのなかにリアリティを感じる作品だった。

個人的おすすめ度 3.5

らんたん(柚木 麻子)

明治初期から大正、昭和と、激動の時代を生きた河井道という女性。その視線の先には、すべての人々が平等な社会と、それに基づく世界平和という大きな志があった。女性の社会的な役割を認め、教育機会を作り、地位を向上することは、今なお日本社会においては十分とは言えないが、それでも今があるのは彼女たちのような志を持った人々の苦労なくして語ることはできないだろう。義務教育を誰もが受けられること、選挙権を誰もがもっていること、あるいは自由な発言をして自由に生きられることも、すべては当たり前に与えられるものではなく、彼女たちのような存在が戦い、勝ち取ってきたものにほかならない。

この作品には、恵泉女子学園を日本の女子教育などに多大な貢献をした河合道ばかりでなく、女子英学塾(現津田塾大学)を設立したが津田梅子、鹿鳴館の花と呼ばれた大山捨松、あるいは青鞜を世に送り出して女性解放運動を推進した平塚らいてうや伊藤野枝、さらにはNHKの朝ドラでも描かれたことのある村岡花子や広岡浅子といった人物など、この時代に活躍した女性たちがそれぞれ繋がりを持って描かれていることも読んでいてワクワクするところだ。

一方、登場する男性の幾人かはなんとも言えないだらしなさを晒している。特に作家の徳富蘆花は男尊女卑の権化のように描かれ、有島武郎もまた少なからずそのような人物設定だが、こちらは多少なりとも人間味を感じるところもある。ただ、令和の時代になっても、こうした感覚を持った男というのは存在しているので、人の心が変わるには時間がかかるものだなという思いをもって読了となった。

どんなときでも常に前を向いて生きる河合道という人の生き方に心を揺さぶられた。小説を楽しみたいという方はもちろん、歴史を振り返るという意味でも一読の価値あり!

個人的おすすめ度 4.5

夜空に泳ぐチョコレートグラミー(町田 そのこ)

生きづらさを感じる瞬間や、自分が生きている意味を見失うとき、たった一人でも寄り添ってくれる人がいたら、それだけで前を向いて生きて行ける気がする。表面だけではわからない優しさや、笑顔の底にある厳しい決意があったりする。そうした人々の心のありようを美しい言葉と情景で紡ぐ連作短編小説は、読み終えてなお余韻で涙が零れるほど心に響く作品だった。

どこにいるかわからない男を思う女性や、母を思いながら覚悟を決める男の子、祖母に育てられて強く生きる女の子、亡くなった恋人への思いを引きずって生きる女性、不倫で妊娠した女性と、かつて同僚だった元男性、ふらりと遠くへ行きたくなってしまう工場勤務の女性、夫の暴力に耐える女性など、少なからず問題を抱えながら必死に生きている人々が描かれているが、感じるのは同情などではなく生きる勇気だ。葛藤しながら生きる彼らの姿は美しいのである。

人の痛みを想像できる人間でありたい。同じ立場になることも、ましてや同じ人間になることもできないが、一人ではないと感じることが生きていく力になるのかもしれない と、今、読了して素直に思う。

個人的おすすめ度 5.0

カミサマはそういない(深緑 野分)

収録されている短編7編は、決して後味の良い作品とは言えないが、人間の自分勝手な部分や、都合よく解釈してしまう理解力、あるいはそした人間社会の未来にある日常などを描いた作品群は、まさにこのタイトルのカミサマはそういないという世界だった。

冒頭から恐ろしい世界が続くので、半分過ぎたころには、この本はホラーかもしれないと感じた。本当に怖いのはオバケなどではなく、人間の内面にあるものが表出する瞬間だと思う。そして、希望が無くなった瞬間に、その恐怖すら忘れてしまうという本当の怖さが待っている。

ここに書かれていることは単なる物語に過ぎない……と思うのだが、本当にそうだろうか。自分自身がそんな社会に、あるいはそんな環境に生きていることに、単に気づいていないだけかもしれない。

個人的おすすめ度 3.5