想像ラジオ(いとう せいこう)

想ー像ーラジオー。

番組の高らかなジングルが想像という電波に乗って聞こえてくる。

杉の木のてっぺんから放送を始めることにしたDJアークは、自分の家族の話をしながら、たくさんのリスナーの声を届け、そして素敵な音楽を流す。その彼の目的は……。

東日本大震災で、たくさんの命が失われた。亡くなった人がどんな思いでいるのか、そのことを想像するのは意味のないことだろうか。この世界は、生きている者のためだけにあるのだろうか。

「生者と死者は持ちつ持たれつなんだよ。決して一方的な関係じゃない。どちらかだけがあるんじゃなくて、ふたつでひとつなんだ。」という言葉にふと気づく。そして、「亡くなった人の声に時間をかけて耳を傾けて悲しんで悼んで、同時に少しずつ前に歩くんじゃないのか。死者と共に」という言葉に共感する。

想像ラジオは、聞こえる人と聞こえない人がいる。だから、できることなら私はそれが聞こえる人間でありたいと思う。

DJアークがその目的を果たした時、想像ラジオはどうなるのか。それはぜひこの本を読んで確かめてほしい。

個人的おすすめ度 3.5

ユリゴコロ(沼田 まほかる)

押し入れに隠されていた4冊のノートには、繰り返される殺人の告白が生々しく書き綴られていた。それを書いたのは母なのか、それとも父なのか、あるいは別の人物なのか。そしてそれは事実なのか、創作なのか。

単純なサイコパスのような猟奇的な物語なのかと思って読み始めたが、予想に反してまったく異なる読後感となった本書。何者かの独白に書かれる「ユリゴコロ」だが、主人公、父、母、弟など、一人一人の心が振れる様こそまさに「ユリゴコロ」ではないかと思う。

おぞましさと美しさが表裏一体となる瞬間、手首から流れる真っ赤な血は、残酷な死を想像させながら、人間の温かさをも感じさせる。命の始まりと終わりは、物質にとっては単なる過程かもしれない。しかし、人間は始まりと終わりの中で愛を感じるのだ。

読了したときに感じる温かさが、私にも確かに人間としての血が流れていることを実感させてくれた。

個人的おすすめ度 5.0

老警(古野 まほろ)

警察をはじめとする公務員組織の理不尽さ、引き籠りとその家族に対する社会のあり様、それらへの問題提起も含めた社会派ミステリーである。しかし、この結末に胃が痛くなった私は、ひ弱な人間なのだろうか。

引き籠りの子供のために出世レースから外れた父親。小さな町では、一度レッテルを張られた人間は大手を振っては生きてゆけない。家庭崩壊の現実に直面した父子がたどり着いたのは、取り返しのつかない惨劇であった。

辛い話ではあるが、この物語にはまだ救いがある。刑務部長がその事実を暴き、我々に伝えいるからである。しかし、きっと社会には誰にも知られない本当の不幸が渦巻いているのだろうと想像する。その中には、避けられた不幸もたくさんあることだろう。

本当に地獄に落ちるべきは誰なのだろう。目を背けずに読んでほしい一冊である。

個人的おすすめ度 3.5

1ミリの後悔もない、はずがない(一木 けい)

生きていく中で、あのときもし違った選択をしていたら、と思うことはたくさんある。それは今が幸せだったとしても考えてしまうことだ。この物語の登場人物たちのように、重要な決断をする瞬間の痛みがあったり、知らなかった事実を知って「もし」を考えずにいられなくなったり、しかしそれぞれの物語はどこかで読者としての自分自身にも重なっていく部分がある。

五つの物語はそれぞれが重なり合っている。その接点を読みながら、書かれていない心の移ろいや物語を想像する。誰かひとりが別の選択をしていたら、すべての物語は書き換わっていただろうと思う。それを考えることが無意味だという人もいるけれど、考えずにはいられない。

他愛のない若葉のような恋愛もあれば、大人の事情の男女の付き合いもある。親からもらえなかった愛もあれば、永遠と思える愛もある。それぞれ描かれた恋や愛は、他人がとやかく言うものでもない。ただ、それを読んで、何かを感じるだけだ。

読了後、「1ミリの後悔もない、はずがない」というタイトルが腑に落ちた。

個人的おすすめ度 3.5

木曜日にはココアを(青山 美智子)

東京とシドニーを舞台にした十二の短編は、老若男女様々な主人公が幸せなひと時を感じさせてくれる。

カフェの青年、いつも手紙を書く常連の女性、そして二人をつなぐ温かいココアの香りが伝わってくる。偶然そこに座っていたお客さんのこと、手紙の先に繋がる人のこと、ほかの人が飲むココアを見た人のこと、少しずつ重なる人生の集大成で世界はできている。

それぞれの物語の中には、幸せに気づくための瞬間が用意されている。どの瞬間が自分の心を弾いてくれるのかは読む人によるだろう。何気なく読んできて、最後の最後で私の心に一本の矢が刺さった。こういう素敵な気分を味わうために小説を読んでいるんだなとしみじみと思う。

明日の朝は、私もカフェでココアを飲もうかな。

個人的おすすめ度 3.5

ウツボカズラの甘い息(柚月 裕子)

ウツボカズラというのは食虫植物である。甘美な臭いで虫を誘い込み、それを養分として生きている。持病を抱えながら日常に追われる主婦・高村文絵は、まさに恰好の餌食だったのか。

偶然再会した中学生時代の同級生・加奈子は、怪しさを放ちながらも、美と金という魅力的な餌をぶら下げている。抗いがたい人間の欲望は、やがて自分の行動を正当化することで心の均衡を図ろうとする。もし自分自身がその立場だったとしても、そこから逃れることができたかどうかわからない。

殺人事件が起き、加奈子との連絡が付かなくなり、文江は窮地に立たされる。それは自分で蒔いた種かもしれないが、同情を禁じ得ない背景もある。罪悪感の伴わない悪意がどのように育てられていくのか──そこには驚きの結末があった。

個人的おすすめ度 4.0

希望の糸(東野 圭吾)

人との出会いと繋がりが人の生きる希望となる。それは家族の糸かもしれないが、そもそも何をもって家族と言うのだろう。本作品は加賀恭一郎の従弟で、刑事でもある松宮脩平が、カフェオーナーの殺人事件を追いながら、自分自身の過去の糸も辿っていく展開となっている。

複数の家族の物語が平行しながら、どこでそれが重なっていくのかを想像しながら読んでいるつもりが、描写の巧みさについその時の登場人物に感情移入してしまい、気づくと頁が進んでいた。そして、謎が解き明かされていった先に、それぞれの決断があり、感動が待っていた。

人を殺めてしまったことは取り返しがつかないが、それでもなお犯人も含めてすべての人々が幸せになることを願ってやまない。複雑な人間関係をいとも簡単に紡ぎあげてしまう東野作品はやはり面白い。

個人的おすすめ度 3.5

暗鬼夜行(月村 了衛)

学校代表に選ばれた読書感想文は盗作だというSNSの投稿が事件の発端となる。感想文の指導にあたった教師・汐野は、この問題を解決すべく、積極的とは言えないまでも結果として多くの時間を割くことになる。しかし、この事件は中学校内だけでなく、地域住民の対立にまで発展し、汐野自身の人生にも大きな分岐点となっていく。

作品内では、中島敦の「山月記」、あるいは宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」といった文学作品が、物語を暗示するかのように用いられている。また、問題の感想文は芥川龍之介の「羅生門」について書かれたもので、それが示唆する心の闇の部分は、登場人物たちのあり様にも重なり、全体を通して文学が大きな背骨を作っているように感じた。読了すると、本作の「暗鬼夜行」というタイトルが本当に絶妙であることが理解できる。

笑顔を振りまいている人が、わずかな瞬間に見せる別の顔──それに気づいてしまった瞬間の恐ろしさ。できれば知りたくない現実だが、そこに踏み込むことこそ、文学の醍醐味なのかもしれない。この本を読んでいる自分はどんな顔をしているのだろう。

個人的おすすめ度 4.0

夜の戦士 川中島の巻/風雲の巻(池波 正太郎)

甲賀忍者の丸子笹之助は、武田信玄暗殺の密命を受け、先輩格の忍者・孫兵衛と共に武田家に仕官する。しかし、忍者としては致命的な心の弱さを抱えた笹之助は、信玄の侍女に恋をし、さらには信玄にも惚れ込んでいく。

孤児であった自分を育ててくれた甲賀を裏切るのか、それともあくまで密命を遂行するのか迷いながらも、自らの理屈で自身の行動を肯定しようとする笹之助。それに対し、忍者としての仕事を全うしようとする孫兵衛との関係は、物語の冒頭からこの作品の一つの軸となっている。

一方、武田信玄の圧倒的な魅力は、笹之助が悩むのも仕方がないと思わせるほど素晴らしい。裏の世界でしか生きられない忍者という存在とは対照的に、常に光に照らされる信玄の生き様が目の前で繰り広げられていく。

歴史を知っていてなお、手に汗握る展開に目が離せなかった。個人的には、孫兵衛の頑なな生き方が悲しくもあり、その人物像に惹かれた。

四十年以上前に書かれた作品だが、本当に良い作品はいつ読んでも面白い。

個人的おすすめ度 4.0

婿殿開眼三 未熟なり(牧 秀彦)

勘定所勤めをする表の顔と、影御用で活躍する裏の顔を持つ笠井半蔵が、南町奉行のために尽力する。一方、南町奉行に恨みを抱く者たちとの人間関係もある半蔵が、自分の仕事にどう折り合いをつけていくのかというのも見所の一つである。

半蔵は強いが、圧倒的な強さとまではいかず、優しすぎるところが魅力でもあり弱さにもなってしまう。それ故に奉行らに利用されているようにも見え、歯がゆさを感じるところもある。

また、単なる勧善懲悪ではなく、単なる敵と味方という関係性でもない、複雑な絡み合いが面白い。薄っぺらな人間の表面ではなく、表と裏のある登場人物たちが命を懸けて生きている。

シリーズはまだまだ続く模様で、半蔵らの活躍から目が離せない。

個人的おすすめ度 3.5