デス・ゾーン 栗城史多のエベレスト劇場(河野 啓)

「七大陸最高峰 単独無酸素登頂」を目指し、最後の山であるエベレストに挑戦して亡くなった登山家・栗城史多。山のことを知らない人間が見れば、単純に凄い挑戦をしている登山家だと理解するだろう。しかし、それは彼を単なるエンターテイナーとして眺めたときの、ほんの表層に過ぎなかった。

エベレストへの挑戦が何度も阻まれる中で、初期には彼を応援する声ばかりだったものがやがて批判に変わり、さらには関心すら薄れていってしまう。それでも彼は挑戦することを止めず、両手の指を九本も失いながら、過酷なルートへの挑戦を宣言した。結果として命を失った彼が描いていた世界はどのようなものだったのだろう。

彼を見る著者の距離感は、遠すぎず、かといって近すぎることもなく、だからこそ見えた部分があるように感じる。近くにいなければわからない面はもちろんあるとしても、単に称賛したり批判するのではなく、栗城史多という人間を理解したいという姿勢が文章の端々から感じられた。

亡くなった者が何を考えていたのか、その正解を確かめることはできない。それでもなお、もし彼が生きていてら、どんな挑戦をしていただろうかと考えてしまう。人に何かを期待させる栗城という人の魅力が、そこにあるのだろうと理解した。

個人的おすすめ度 3.5

血の轍(相場 英雄)

警察組織の中で対立する刑事と公安。大きな事件に直面してもなお、その対立は収まることがなく、社会の秩序と安全を維持するという本来の目的よりも、自分たちの組織を守ることが優先してしまう。正義感溢れる人間も、その中に入ればやがてそのしがらみから抜け出すことができなくなっていく。

かつて同じ組織にいた二人の男は、刑事と公安という立場になり、ある事件をきっかけに深いわだかまりを抱えるようになる。その背景に、妻や子を愛し守るという個人の幸せよりも、組織の正義が優先される警察という権力があった。そうした組織にとって、二人のような存在はとても「優秀な人材」だったのだろう。

前半は元刑事が殺された謎を追う展開だが、中盤以降は事件の謎よりも警察組織の深い闇を追求していくような物語構成がとても面白く、物語の中に前のめりで入り込んで没頭してしまった。どこまで読んでも理不尽さばかりを感じるが、ラストシーンに僅かばかりの希望を感じた。良作である。

個人的おすすめ度 4.0

ゼロエフ(古川 日出男)

福島で生まれた著者が、故郷のこと、東日本大震災や災害のことやその被害者のことに向き合ったドキュメント作品。原発事故をどう考えるのかということもあるが、福島=原発事故ではなく、自身や津波で失われた命があり、それ以前にも、それ以降にも度重なる災害で失われた命もあった。それらはメディアで報じられることもなく、本当に現地を歩き、気づく努力をしなければ、永遠に人々の記憶からも失われてしまうかもしれない。

また、国は政府であり、国家は私たちが属する家と定義してみて、国が「国民の皆様」と言った時に果たして表面に見えてこない人々は「国民」に含まれているのだろうかという疑問がある。そして、この国には果たして国民全員が属する「家」、つまり国家と呼べるものがあるのだろうかという問題を投げかける。

表層だけを眺めて、さも知った気になっている場所──その象徴が福島という場所かもしれない。また、福島と接する宮城だったり、あるいは福島の中でも様々な場所によって、一括りにすることができない場所や物事を、乱暴にまとめてしまっていることもあるように思う。

決して読みやすい文章ではないが、著者の内面から沸き起こるような感情が伝わってくる。ただ原発が悪いとか、原発がなければよかったといった見方ではなく、より深く社会の在り方を考える一助となる作品である。タイトルとなっているゼロエフ(0f)という言葉の意味も噛みしめたい。

個人的おすすめ度 3.5

白光(朝井 まかて)

日本人女性として最初のイコン画家となった山下りんの物語。明治初期、絵師を目指すために茨城から江戸へ出たりんは、西洋画と出会い、その道を目指しはじめる。そして、絵を共に学ぶ仲間から、ロシヤ正教の教会へ来れば西洋画を見ることができると誘われ、信仰のためではなく絵のために教会へ通い始める。

やがてりんはロシアへ渡り、ロシヤ正教の考え方や、イコン(聖像画)の在り方や歴史などを学んでいく。私自身は、東方正教会(ロシヤ正教)についてほとんど理解がないまま読み始めので、りんがそのことを学んでいく過程で一緒に学ばせてもらったように感じた。

明治という時代は、西洋に追いつくべく急速に社会が変化していった時期だと想像している。信仰の自由が認められる一方、日露戦争ともなればロシヤ正教は敵だと見なされた時期もあったに違いない。また、歪んだ国粋主義を唱える者にとって、西洋画そのものへの批判に晒された時期もあったかもしれない。

りんが幸運だったのは、家族の理解や人との出会いに恵まれたことにもあるだろう。その環境を存分に生かし、社会に恩返しをしようとしたりんという人の生き方はとても素敵だ。そして、彼女をもっとも理解し、大きな影響を与えた人物は、真の聖職者と言えるニコライ主教であったのではないかと思う。

お茶の水のニコライ堂からは時に美しい鐘の音が聞こえてくる。この作品を読んだ後は、あの音が今までとは異なるものに聞こえてくるだろう。そして、イコンは何のために描かれるのかということについても、考えを改めさせられる作品だった。不意に涙を誘われるシーンもありつつ、学びの多い一冊である。

個人的おすすめ度 4.0

貝に続く場所にて(石沢 麻依)

東日本大震災で津波にさらわれて行方不明になった知人が、ドイツのゲッティンゲンに現れる。そこで流れる淡々とした時間──そう、時間である。同じ場所にいても、過去を生きた人やそこにあったものと、今生きていてここにあるものは、重なり合うことがないように思える。しかし、それが重なり合うとしたら、どんなことを感じるだろう。

異なる時間軸が交差する世界を自然に受け入れたら、こんな風に生きていけるのだろうか。それは頭の中ではいつも整合性をもって起きていることなのだろうか。それぞれの人生が目に見えない糸でつながっていて「今」を紡いでいる。

じっくりと読む文学というものの面白さを感じさせる芥川賞受賞作である。

個人的おすすめ度 3.5

小説伊勢物語 業平(髙樹 のぶ子)

平安の世に生きた在原業平という人物が見事に浮かび上がる作品。伊勢物語は平安時代につくられた貴族の男性を主人公とした歌物語集だが、この恋多き主人公は業平をモデルとしているとも言われている。小説伊勢物語の中で、業平や女性たちが、歌を交わしながら思いを伝えあう様は、恋に溺れながらもそれを楽しむ雅に溢れている。

読まれる歌には日本語の面白さや美しさがあり、時代を超えても普遍的な人の心を伝えてくれる。そして、それぞれの歌が詠まれたシチュエーションが具体的に描かれることによって、詠み手の思いや受けとった者の反応をよりリアルに想像することができた。

それにしても、業平という人は色男である。この作品だけを読むと、生涯を恋に捧げて生きた人物ではないかとさえ思う。恋愛は相手が会ってこそ成り立つものだが、満たされないからこそ生涯をかけて追い求められるというものかもしれない。

現代のように、SNSなどで小さなことでも揚げ足を取られてしまうような狭小な世の中では、こうした人物は生きづらいかもしれない。そう考えると、平安の世には、今よりも人々の心に余裕があったのかもしれない。

個人的おすすめ度 3.5

元彼の遺言状(新川 帆立)

過去に付き合っていた彼が、不可解な遺言状の残して死んだ。自分のことを殺した犯人に巨額の財産を譲るというというのである。弁護士である主人公は、その財産の一部を得るため、犯人として名乗りを上げたクライアントの代理人として関係者の前に立つ。元彼の死と遺言騒動の行く末を描いたミステリーは、『このミステリーがすごい! 』大賞受賞作に相応しい、スピード感あふれるミステリーだった。

設定の面白さに加え、主人公たちのキャラが際立っている。強烈な印象を残す主人公だけでなく、特に女性陣が素晴らしい。いわゆる昔からの女性像というのを見事に打ち破って、それぞれが強い個性を放っている。また、元彼の親族やその周囲の人々に至るまで、これだけ多数の登場人物が描かれていながら、混乱することがないのは凄いことである。

現実にそんなことがあるのかなどという下らない感情は捨てて、このエンターテインメントにどっぷり浸かって一気に読み切りたい一冊。これが映像作品になったらどんな役者さん役をやるのかなと妄想して、今、一人でほくそ笑んでいる。

個人的おすすめ度 3.5

海をあげる(上間 陽子)

沖縄で暮らしていると聞いたら、私は何も考えず、それは素敵なところに住んでいるんですねと言うだろう。その笑顔の裏側に、深い悲しみや、やり場のない怒り、あるいは諦めがあることに気づかないまま。

本作は、著者が沖縄で暮らしていて感じていること、そして話を聞いた人々のことを、決して飾らない言葉で伝えてくれるドキュメント作品だ。しかし、誰かに気づいて欲しいという単純なことではないだろうから、「わかる」という言葉を安易に言うことはできない。ただ、何かを感じたら、少しだけ行動が変わるかもしれない。

他人の痛みなど、本当は他人事だ。さらに言えば、娯楽ですらあるように感じることがある。人の悲しみをご楽にしているメディアという商売もあるが、メディアだけの責任とは言えない。求める人がいるからである。そして本質を見ることなく、やがて忘れ去っていく。

諦め、受け入れ、そうして生きていかなくてはならなかったことがある。今もそうして生きている。だから、これからもそうして生きていかなくてはいけないのだろうか。誰にも気づかれないままに。

最後に綴られる「海をあげる」という言葉。それは希望だろうか。それとも諦めだろうか。一人でも多くの人が、他人の痛みを想像しようと努力をするなら、そこには僅かな光が見えるだろう。

個人的おすすめ度 3.5

彼岸花が咲く島(李 琴峰)

記憶を失くした少女がたどり着いたのは小さな島だった。そこで話される複数の言葉は、理解できる言葉と、理解できない言葉があったが、ノロと呼ばれる歴史と責任を背負う女性のみが使うことを許される言葉を、彼女は理解することができるようだった。自分が帰るべき場所はどこかにあるのか、あるいは一生この島で暮らしていくのか、しかしその決断が迫られる瞬間がやってくる。

島の人々は、彼女がニライカナイと呼ばれる理想郷からやってきたのかもしれないという。海の向こうにはニライカナイがあり、人は死ぬとそこへ行くのだという。島ではニライカナイからの恵みが届くという祭が行われ、ノロたちがさまざまな贈り物を持ち帰ってくる。人々はそれに感謝し、争うことなく穏やかな日々を過ごしている。

やがて彼女は決意する。そして、この島の歴史に触れることになる。人が人として生きていくために、悲しみや苦しみを乗り越える必要がある。だから、幸せな今があったとしても、忘れてはいけない過去がある。

あたたかな海に抱かれているような不思議な読後感のある作品である。

個人的おすすめ度 3.5

鍵・瘋癲老人日記(谷崎 潤一郎)

五十を過ぎた男と、その妻が、互いの性生活や性欲のことを日記に綴っていく「鍵」。互いに読まれることを意識した日記だが、互いに相手の日記は読むことがないと主張しながら、実際のところはわからないまま物語は進んでいく。 一見すると色情魔のように見える彼らだが、羞恥心を取り去った後に露出する人間の性欲というのは、そうした面を持っているのかもしれないと思う。

瘋癲老人の方は、七十を過ぎた老人男性が、息子の妻に対して固執し、その要求はやがて常軌を逸したような行動へと繋がっていく。文化的な知識も豊富な老人は、自身の偏執を把握しながらも、より純粋にその欲求に従って生きているように見える。もし老人になるということが、欲求に素直になっていくことなのだとしたら、年を取ることが怖くなってくる物語だった。

以前、文学好きの外国人留学生と話をした際、谷崎潤一郎について「変態の小説家だ」と評価していたが、確かにそれは間違いないなと感じた二作品である。

個人的おすすめ度 3.0