うなぎ女子(加藤 元)

鰻が食べたい──読み終えた第一声はそれだった。

鰻屋「まつむら」へやってくる女子たちの物語だが、5つの物語の中には常に典型的なダメ男の権藤祐一が出てくる。祐一と長く同棲している笑子、学生時代に祐一に告白して拒否された加寿枝、祐一と同じ屋根の下で暮らすことになった史子、病院で祐一と出会った佑菜、そして最終章は……。それぞれの人生の中に美味しい鰻がある。

一方、鰻について登場人物たちが語る言葉には共感がたくさんあるが、特に印象的なのはこの一言。
「(うなぎは)子供には必要ない。子供の心には、大人みたいな隙間がないからね。……大人は隙間だらけだ。……だから、ときどき必要なんだよ。心をいっぱいにしてくれるごちそうが」

本当に美味しいものは毎日食べたらありがたみがない。鰻はそういうものだというのは納得である。だからこそ、この本を読めたという喜びを表現するために、おいしい鰻を食べたいのである。

ちなみにこの作品は鰻へのリスペクトと共に、欲望という名の電車への思いにも溢れている。もしこのミュージカルや映画を見たことがないという方は、ぜひこの本を読むのに合わせて鑑賞されることをお勧めしたい。

いずれにしても、心地よい読後感と空腹感に満たされる一冊である。

個人的おすすめ度 3.5

プリズン・ドクター(岩井 圭也)

医師・是永史郎は、医大の奨学金免除のため、刑務所の医者として働き始める。そこでは、まず患者が嘘をついていないかどうかを見極めるところから診察が始まる。史郎にとってこの仕事は義務的にこなすだけの仕事であったが、患者たちと向き合う中で徐々にその姿勢は変化していく。

一方、史郎は母の在宅介護をしている。脳の病のせいで攻撃的になる母。それは病のせいであって母のせいではないと理性ではわかっていても、時に声を荒げてしまうこともある。罪を憎んで人を憎まず、病を憎んで人を憎まず──その考え方は実際に対面した人間にとって単なる机上の空論でしかないかもしれない。

囚人たちと向き合い、母と向き合い、仲間や恋人に支えられ、史郎自身が自らの心と対峙していく物語は、多くの共感と共に心に響く。人を診るというのは、物理的なことだけでなく、その人自身が抱える心と対面することなのだと気付かされた。

個人的おすすめ度 4.0

境界線(中山 七里)

福島県気仙沼の海岸で女性の遺体が発見された。女性が所有していた身分証明書には笘篠とあった。五年前に東日本大震災で津波にさらわれた笘篠の妻の名前である。刑事の笘篠は現地へ向かうが、そこで見たのは妻とは別人の遺体だった。

笘篠の妻の名を語って生活していた女の正体は誰なのか。そもそもなぜそのようなことになったのか。笘篠は憤りを抑えながらその背後を追っていくが、その中で新たな事件が発生する。

東日本大震災が奪ったものは、人の命ばかりではなかった。笘篠をはじめ生き残った多くの人々の心から、人として大切なものを奪っていった。そこにいた者でなければ決してわからない深い苦しみがあるのだろう。

リアリティを感じる結末──人の命に対する一言が心に刺さる。彼らがこれからの人生において希望を見つけることを切に願う。物理的な意味ばかりでなく、人の心も含めて、震災からの復興はまだ半ばである。

個人的おすすめ度 3.5

JR上野駅公園口(柳 美里)

上野恩賜公園で生活するホームレスの高齢男性。福島県の相馬で昭和天皇と同じ日に生まれた彼は、家族のために出稼ぎで各地を転々とする。戦争を経験し、高度経済成長期を経て、日本の成長を支えた彼が行きついた先は上野だった。

故郷は東日本大震災で大きな被害を被ったが、それでも前を向いて復興に取り組んでいく人々。一方で東京オリンピックの開催が決まり、社会の注目も人手も復興から離れていく。

ずっと日本で暮らしていながら、その居場所を失っていった彼が象徴するものは、私たちの目の前にありながら私たちが見ていない存在なのだろう。

全米図書賞・翻訳文学部門受賞作ということで手に取った一冊。海外の人が知りたい日本の一面というのは、こういうものなのかもしれないと感じた。

個人的おすすめ度 3.5

天上の葦(太田 愛)

渋谷のスクランブル交差点で、高齢の男性が天を指した直後に絶命した。興信所の鑓水の元へ、この男性が最期に見たものが何かを調べてほしいという依頼が来る。鑓水は、修二とともにこの事件を調べ始める。

一方、謹慎中の警察官・相馬の元には、行方不明になっている公安職員の捜査が命じられる。その行方を辿っていくと、二つの事件が別々のものではないことが明らかになっていく。

三部作の集大成となる本作品は、今まで隠されていた鑓水の過去も明かされ、三人への共感がさらに強くなった。そして、理不尽と戦う彼らの姿の背景に、日本社会が抱える大きな問題が見えてくる。

相変わらず息もつかせぬ展開で、臨場感あふれる物語に没頭し、次々と頁を捲り続けた。読み終えてなお、彼らが目の前に存在しているかのように感じる。読み応えのあるシリーズの完結編のようだが、続編を読みたい気持ちが止まらない。

個人的おすすめ度 5.0

<あの絵>のまえで 原田 マハ

美術館のある絵の前でクライマックスを迎える六編の物語。寂しい時、後悔した時、人生に行き詰まった時、絵は無言で語りかけてくる。そこで過去を顧みながら、新しい一歩を踏み出していく。

美術館に行って感動する作品に出会えることがあるが、自分自身のその時の心の状況によって心に響く作品は異なるように思う。この作品に登場する人たちが出会う絵は、まさにその瞬間に見るべき絵だったのだろう。そして、この本を読んでいる私自身も主人公に感情を寄せ、美術館でその絵を見たときの感動を共に味わうのである。

絵画というのはこういう力があるんだなと気づかせてくれた一冊。それぞれの舞台となっている美術館──ひろしま美術館、大原美術館、ポーラ美術館、豊田市美術館、長野県信濃美術館、地中美術館──すべての場所に行って、実際に作品のまえに立ってみたい。

個人的おすすめ度 3.5

犯罪者(太田 愛)


白昼に発生した通り魔事件で4人が死亡、1人が負傷して行方不明となった事件。被害者であり唯一生き残った修二は、再び命を狙われることになるが、この通り魔事件の裏には巨大な犯罪があった。

はみ出し者の刑事・相馬、友人の鑓水は、修二と出会い、この犯罪を調べ始めるが、事件はさらなる被害者を生み出し、さらにもっとたくさんの悲しみをまき散らしていた。

とにかく先が気になって上下巻の重厚な物語があっという間だった。描かれているのは理不尽な社会で生きる「人々」ではなく、一人一人の人間である。先の三人もさることながら、登場人物の捉え方や描写が素晴らしい。少ししか出てこない人物であっても印象に残るほど、しっかりとした人物として描かれている。悪役となっている登場人物にしても、その背景が描かれることによって、すべてが偶然ではなく必然によって人と人が繋がっていく。

上巻を読み終えた時点でもう謎は解けている気がしていたが、まったくそうではなかった。ラストは歯がゆい思いもたくさんあったが、安直な結末ではなく納得せざるを得なかった。読み終えてしまうのが本当に惜しい作品である。

続編の「幻夏」「天上の葦」とあわせてシリーズ三部作をすべて読んだあとは、さらに深い感慨が残るのだろう。まだ読んでいない「天上の葦」も急いで読もう。

個人的おすすめ度 5.0

あの家に暮らす四人の女(三浦 しをん)

杉並の古い洋館に暮らす四人の女たち。家主の牧田鶴代と、その娘で刺繍作家の佐知。偶然に出会いから佐知と友達になった同年代の雪乃、そして雪乃の会社の後輩である多恵美。さらにすぐ近くに暮らす老人・山田。

個性的な面々が織りなすゆるやかな日常は、大小さまざまな事件を経て、それぞれの幸せを描く。他人でありながら家族のように寄り添っていく彼女たちの暮らしは、読んでいてとても羨ましい。持っているものが違うからこそ一緒に暮らす意味があるのだろう。

ともすれば人との関りを避けた生活こそストレスのない幸せな生活だといわれかねない昨今だが、人は人と共に生きることで幸せに満たされるのだと思う。そのことの大切さが伝わる素敵な物語だった。

個人的おすすめ度 3.5

パレートの誤算(柚月 裕子)

市役所の社会福祉課に配属された主人公・牧野聡美は、生活保護受給者に対してあまり良いイメージを持っていなかった。受給者を訪問することに抵抗を感じる聡美に、ベテランケースワーカーである山川の言葉に少し心を動かされるが、その山川が殺害されてしまう。そして、事件の裏には、生活保護受給者を食い物にする貧困ビジネスが見え隠れしていた。

人には表の顔と裏の顔がある。善人にしか見えない人が悪事に手を染めたり、あるいは悪人だと思われている人の良心を垣間見たりする。受給者も人間であれば、それを食い物にする者たちも人間である。社会福祉課の職員も、事件を追う刑事も、当たり前だが人間である。そうした人間の在り方を「正義はどこにあるのか」という視点で見たとき、最後は正義が勝らなければ幸福な社会は訪れないのだろうと思う。

事件の全容が明らかになっても、失われた命は戻らない。そして、他人を食い物にする人間もまた後を絶たない。ただしそれをもってパレートの法則が当てはまるということではないだろう。すべて読み終えたとき、このタイトルの意味が心に響いた。

個人的おすすめ度 3.5

この闇と光(服部 まゆみ)

レイアは閉ざされた世界で生きていた。唯一、頼ることができるのは父王だけだが、光が見えなくても、心を覆うのは暗闇ではない。しかし、平穏な日々は永遠ではなかった。

この物語において、闇と表現されるものは、物理的な光だけではない。真っ暗な心の内に籠ってしまうことこそが本当の闇ではないかと思う。その外側にたくさんの光があったとしても、それを見たいと思う心がなければ、広がるのは闇ばかりである。

肉体的な意味では闇の中でいきてきたレイアにとって、本当の光とは何だったのか。そのことは最期の一頁を読んでもなお答えの出ない問いである。それは、人にとって幸せとは何かという基本的な問いかけと同義である。

この本をこれから読もうとする人に説明は何もいらない。先入観を持たず、物語に足を踏み入れれば、そこには美しい闇と光の世界が広がっている。

個人的おすすめ度 3.5