メインテーマは殺人(アンソニー・ホロヴィッツ)

物語は、ある女性が葬儀屋を訪れ、自らの葬儀を準備し、その日に亡くなるというところから始まる。この事件を解決するために活躍するのは、元刑事のホーソーンと作家ホロヴィッツである。癖のある探偵とその相棒というコンビは、探偵小説の王道であり、ホロヴィッツの視点がまさに読者である私自身の視点である。

この作品の面白さは言うまでもなく、オーソドックスな仕掛けが重ね掛けされた謎解きである。謎を解いたつもりが裏をかかれているという繰り返しで、最後まで騙され続けてミステリーの醍醐味を味わうことができた(私が単純だからか?)。

それに加え、ホーソーンをはじめキャラの濃い登場人物たちの姿がとても魅力的である。それぞれの個性が際立ち、たとえ誰が犯人であったとしても、そこに人間味を感じられるような人間の体温を感じる。

流石としか言いようのない完成度のミステリーである。シリーズ化される見込みがあるようなので、新しい作品が出版されることを今から心待ちにしている。

個人的おすすめ度 4.5

星を掬う(町田 そのこ)

痛みを伴う読書というのはこういうものかと思う。元夫の暴力から逃れ、自分を捨てた母と再開を果たした主人公。そこにあったのは、理想の出会いとはかけ離れた現実だった。共に暮らすようになった人たちは、誰もが深い痛みを抱えて生きている。それはまるで、針の山を歩きながら人生を歩んでいるかのようだ。ただ、彼女たちは互いの傷を舐めあうような生き方はしていない。衝突しながらも、そこで一緒に生きることを選択した。

読み進めていくと、星を掬うというタイトルの意味が、傷ついた心を癒していくことを感じる。何度も砕かれながらも、希望を失うことなく生きていくこと、人間らしく生きることの意味に気づく。「私の人生は私のもの」という言葉の意味は深い。自分の人生を、誰かのせいにせず、責任をもって歩んでいくことは、言葉でいうほど簡単ではないだろう。

町田そのこさんの本を読了すると、そのあとの時間はしばし自分の人生を考える時間になる。とてもありがたい時間である。

個人的おすすめ度 4.5

MGC マラソンサバイバル (蓮見 恭子)

オリンピックのマラソン代表を決めるマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)。選手たちがどのようなドラマを経てスタートラインに立ったのか。なぜ走るのか。そして、42.195キロの中でどのような駆け引きがあり、それぞれがたどり着いた世界はどのようなものだったのか。フィクションだが、手に汗握る展開は、マラソンの実況を聞きながら、時には選手と同じ目線で東京のコースを走っているかのような臨場感だった。

物語はレース展開に沿って進んでいくが、女子MGCに参加した十二名のうちの五選手、それに監督、あるいは実況する者たちなどそれぞれの視点から描かれていく。読み進めながら、登場人物たちを実在の選手や監督に重ねながら読んだので、結構リアリティを感じることができた。

マラソンや駅伝を見るのが楽しいと思う人にはおすすめの一冊である。

個人的おすすめ度 3.5

風が強く吹いている(三浦 しをん)

箱根駅伝に出場したことのない大学で、古いアパートに住む大学生10人が箱根駅伝を目指す感動のドラマ。走ることは楽しいか、速くなるために走るのか、強くなるために走るのか、一人一人が走る理由を見つけて努力する姿に感動した。

駅伝大会を眺めているとき、出場する選手が走っている姿は見えても、そこまでに至る過程はなかなか想像できない。しかし、この物語はそこに至る物語が描かれ、レース中の情景も臨場感をもって表現されている。選手個人がしっかりと描かれ、それぞれに感情移入しながら読むことができた。

一人も欠けることが許されない10人は、陸上競技未経験者が多数を占め、あまりに無謀な挑戦であるように見えた。しかし、挑戦する者を笑う者は、何もしない者だけだ。この作品を読んでいると、こんなことは現実にはありえないと思いながら読んでいることが恥ずかしくなる。全力を尽くした先に見える世界を、まるで自分が体験したかのように感じられる作品である。

個人的おすすめ度 4.0

BORN TO RUN 走るために生まれた ウルトラランナーVS人類最強の”走る民族”(クリストファー・マクドゥーガル)

このところ走ることに関する本をずっと読んでいる。そして巡り合った一冊。走ると怪我をするのはなぜか、最強の走る民族タラウマラ族はあれほど走り続けられるのか、人にとって走ることとはどんな意味を持つのか。この本を読みながら、なぜ人は走るのかということよりも、むしろなぜ走らなくなったのかを考えた。

フルマラソンよりも長い距離を走るウルトラマラソン。山などの自然の中を走るトレイルランニング。著者は怪我を繰り替える自身のランニングを見つめなおし、ウルトラトレイルの世界へと足を踏み入れていく。苛酷に見えるレースを「楽しむ」ランナーたちの姿は、走ることが喜びであり生きる糧であることを感じさせてくれる。レースを走るのは、誰かを打ち負かすことではなく、レースを取り巻くすべての人々とともに喜びを分かち合うことなのだと気づくのである。

一方、走るという観点から、ベアフット(裸足)でのランニングへの言及もある。この本を読んで、ベアフットシューズを買って裸足で走り始めた人も少なからずいるという記事を読んだ。もちろん、手厚い保護のあるシューズになれた現代人の足では、ベアフットランニングにすぐに適応できず、無理して故障してしまうこともあるようだが、足が鍛えられていくと怪我と疎遠になっていくという。私もその考えにすぐ感化され、ベアフットシューズを早速購入してしまった。

走る人がこの本を読めば、自らが走ることの意味をより深く考える機会となるに違いない。また、今は走っていない人にとっては、走ることを知る、あるいは走り始めるきっかけになるかもしれない。それは人間が本来もっているはずの「走る能力」を取り戻すことに他ならないと思う。

世界的ベストセラーとなった本作が多くの方に読まれることを願う。

個人的おすすめ度 4.0

シリウスの道(藤原 伊織)

主人公は大手広告代理店の副部長。彼が所属する部署を指名して、某企業のコンペへの参加依頼が届く。内部干渉とも言えるような部署の指名の理由は何なのか。このコンペに臨む上司や新人など同僚たちの活躍、あるいは足を引っ張る者たちの人間模様がとても面白い。

一方、主人公が子供の頃の話が並行して描かれ、彼がもつ正義感がどのように形成されてきたのかを感じながら、やがて複数の伏線がつながりをもって現れてくる展開に引き込まれる。

とにかく登場人物の一人一人が個性際立つ人物ばかりで、それぞれが魅力を放っている。あえてジャンル分けすればハードボイルドミステリーなのだろうが、いわゆる男の世界というよりも、主人公が筋を通して生きる背中が格好いい。

未来に希望が見える結末にも拘わらず、読後感は切なくてたまらない。その先をさらに読みたくても、もう最後の一行がそこにあり、その先は想像するしかないのだ。人間の選択というのは、単なる損得でしか選択できないコンピュータには決して理解できない世界に違いない。とにかく寝不足必至の作品である。

個人的おすすめ度 5.0

ランニング王国を生きる 文化人類学者がエチオピアで走りながら考えたこと(マイケル・クローリー)

すごい本に出会ってしまった。目から鱗とはまさにこのことだ。

マラソン王国であるエチオピアで、自らもフルマラソンを2時間20分で走る著者が、ランナーたちと共に暮らしながら、彼らがどのように日々を生きているのか、どのような意識で走っているのか、なぜ素晴らしい選手が育つのか、といった疑問を紐解いていく。私自身の固定概念は根底から覆され、腑に落ち散ることがたくさんあった。

例えば、一人で走るのではなく仲間と走ることの意味、速く走れるようになるのは天性の才能ではないという考え方、結果が出なかった時の考え方などは、ランニングということだけでなくすべての生き方に繋がるものだと感じた。また、具体的なトレーニング内容についても興味深く、読んでいるだけで自分も走りたいなと思ってしまうような高揚感を感じた(レベルは全く異なる次元だが)。

一方、ローマ五輪で金メダルをとったアベベ氏のことについても、表面的にしか知らなかったことを思い知った。アベベ氏がなぜ尊敬されるのかということは深く心に刻まれた。

走るレベルは様々だが、ランナーの方にはぜひ読んでもらいたい一冊である。また、走らない人にとっても人生の一助となる一冊に違いない。

個人的おすすめ度 5.0

魂のゆくえ アースマラソン766Days(間 寛平)

自らの脚で走り、海をボートで渡り、二年の歳月をかけて世界を一周した間寛平さんのドキュメントは、今の不穏な社会に平和を求める声として響く足音である。

走っていても確かに国境はある。しかし人の心に国境はない。言葉が通じなくても心が通じる。離れてみて初めて感じる感謝であったり、リアルに触れて初めて気づくことなどが、率直な言葉で語られている。

十年の前のことではあるが、このアースマラソンのドキュメントには時代を超えて普遍的な要素がある。後悔しないために行動すること、そのことの大切さも伝わる一冊。

個人的おすすめ度 4.0

走ることについて語るときに僕の語ること(村上 春樹)

著者にとって走ることは日常生活の一部となっているように思う。多くの市民ランナーにとって、走ることが生活の一部であるのと同じように。仕事やその他のこととのバランスをどのようにとっているのか、その中で走ることにも集中し、自分を高め、楽しんでいけるかどうかを、とてもわかりやすい言葉で綴っている。走ることは誰かと競うことではなく、自分自身を見つめる時間なのだ。

私自身も走る者として、共感するところが多かった。そのことを走らない人に理解してもらいたいと思うこともほとんどない(たまにある)が、走っている者同士だけが共有できる感覚というのはあるのだと感じた。それが単なる思い込みだとしても、そう思えただけで、この本を読んだ価値があった。そして、自分の生活の中に走ることをどう位置付けていくかを考えさせてくれた。

以前からこの作品を知っていたが、コロナ禍になり、一年半ほど前からランニングを再開し、この時期に読む機会を得たことは偶然ではないと思う。私にとっては、人生の時間をどう使うかを見直していくきかっけとなる一冊だった。

個人的おすすめ度 4.0

マラソンランナー(後藤 正治)

百年にわたる日本マラソン界の歴史を振り返ると、数々の名ランナーが存在していた。本書は、その中から八人を厳選し、それぞれのマラソンに対する取り組み方や、その半生を紹介したもので、42.195キロを走るというある意味では非常に原始的な競技に、これほどのドラマがあるのかと心を揺さぶられた。

八章のタイトルとなっているのはそれぞれ、金栗四三、孫基禎、田中茂樹、君原健二、瀬古利彦、谷口浩美、有森裕子、高橋尚子であるが、彼らと同時代を走ったライバルたちも多数紹介があり、マラソンに興味がなくともその存在は広く知られているものと思う。2003年に出版されているので、直近20年の選手は出てこないが、それでも私自身がリアルにその活躍を覚えている選手も多かった。

各選手の人物像がとても興味深く描かれているので、マラソンファンはもちろん、そうでない方もぜひ読んでみてもらいたい一冊である。

個人的おすすめ度 4.0