ドミノin上海(恩田 陸)

小さな偶然が積み重なって引き起こされる大騒動。交差するはずのなかった25人と3匹の運命は、やがてホテル青龍飯店へ繋がっていく。倒れ続けるドミノのように、止まることなく物語はクライマックスへと向かう。

個性的すぎる登場人物ばかりなので、読んでいて誰だか分からなくなるということもなく、さらには恐ろしく賢いパンダに至っては、もうパンダという動物を「かわいい」という視点では見られなくなるほどのインパクトである。

完璧な人物は誰もいず、それぞれがドジを踏むことによってドミノの勢いが加速していく。こんなことはあるわけがないと思う一方、実際の世の中は知らないうちに繋がっているかもしれないとも想像してしまう。

小さな不幸や失敗くらいは笑い飛ばして生きていこうと、ある意味では投げやりな、しかしいい意味で前向きになれた一冊だった。

個人的おすすめ度 3.5

孤塁 双葉群消防士たちの3・11(吉田 千亜)

東日本大震災によって、絶対に事故は起きないと言っていた原発事故が発生した。避難区域に指定された地域で、ほとんど知られることなく命を懸けて活動し続けた消防士たちがいた。満足な情報も伝えられず、選択肢もなく、そして存在すら忘れられたのではないかと思うような状況下、彼らはどんな思いでいたのか。

消防士の仕事は人の生活を守ることである。そして彼らや彼らの家族もまた人である。事故が発生している原発へ向かう彼らの命は誰が守るべきだったのだろう。原発の恩恵を享受して生活している一人の国民として、そのことを知らず、あるいは考えずに生きていくことは許されないのではないかと思う。

このドキュメントは、ヒーローを作ろうとするものでは決してない。しかし、この事実が伝えられなければ、人間はまだ同じ過ちを繰り返すばかりだろう。誰かの幸せのために、誰かが泣くような社会であってはならない。そして、何より3・11はまだ終わっていない。

個人的おすすめ度 4.0

滅びの前のシャングリラ(凪良 ゆう)

まもなく人類は滅びる──そのニュースが報じられた翌日、虐められていた高校生の少年は、それでも何も変わらない現実を受け入れかけていた。死んでしまいたいと望んだのに、何もできない自分自身に失望しかけていた。しかし、彼には思いを寄せた少女がいた。彼女のために行動しようとする彼の背中を押してくれたのは、一人で彼を育ててくれた強い母だった。

人類が滅びることを知った中年の男は、不器用な人生を送っていた。そして、人類の行く末を知る直前、男は取り返しのつかない一線を越えてしまっていた。覚悟を決めていた男は、ふと別れた女に会いに行くことを思いつく。

話は戻り、少年が好きだった少女は、ディーバと称されるミュージシャンを追いかけていた。第一線で活躍していたその女性は、人類が滅びていく中で決断をする。

いくつもの人生がやがてひとつに結集し、最期の瞬間を迎えようとしている。人間とは何だろうか。人間の幸せとは何だろうか。幸せを感じながら人生を終わることができるなら、それはよい人生だったと言えるだろうか。読了後もそんなことをつらつらを考えて、明確な答えを出せない問いが続いている。

個人的おすすめ度 3.5

自転しながら公転する(山本 文緒)

幸せになるにはどうしたらいいのだろう──正解のない問いをついしてしまう。そもそも幸せって何だろうと考えてみる。明確に答えられないことに焦る。そして、幸せそうな他人を羨み、そんな自分に嫌悪する。

親を理由に仕事を辞めたこと、今の仕事がダメな責任者のために上手くいかないこと、彼氏がはっきり意思表示しないためにうまくいかない恋愛関係。すべて自分ではどうにもできない他人のせいで、自分の人生は空回りする。でも、あるとき気づく。幸せそうに見えていた誰かも、そうではないことがたくさんあって、なおかつ努力しているということ。

この物語に出てくるエピソードは、どれも身近なものばかり。だから歯痒く思ったりしながら共感できる。何か大きな事件が起きるよりも、日常というのはこういうことなんだろうと実感する。人が人として一歩ずつ成長していく過程が描かれ、プロローグからエピローグへの流れが違和感なく腑に落ちた。

個人的おすすめ度 3.5

お探し物は図書室まで(青山 美智子)

人生に躓いたとき、思い通りにならない時、次の一歩を踏み出すきっかけをくれたのは一冊の本だったかもしれない。しかし、そのきっかけを求める初めの一歩は自分で踏み出したものだ。その一歩がこの図書室に繋がり、少しだけ視点を変えてみたら世界がまるで異なるものに見えてくる。

五編の連作短編に登場する主人公たちは、小学校に隣接する図書室で、とても印象に残る図書館司書に出会い、本を紹介される。なぜこの本なんだろうと思いながら手に取った一冊は、やがて彼らに気づきをもたらし、人生に大きな変化を与えていく。それぞれに出てくる本は実際に出版されている作品で、私自身も子供のころに読んだはずの絵本であったり、図鑑であったり、詩集であったりもして、小説以外の本ももっと読んでもいいなという気持ちになってくる。

読んでいて心地よかったのは、五人の主人公が感じる辛さや哀しさ、不甲斐なさ、そして喜びなどが、自分自身のことのようにリアルに感じられたこと。主人公が泣きたい気持ちになったときには同じように泣けてきたし、嬉しいと思ったときには微笑みながら読んでいたと思う。本を読みながら、その世界の人になったかのように物語に浸ることができた。

読み終えてしまうのがもったいない気持ちで、わがままを言えば続編を読みたい。それから、今度図書館に行ったら、小説以外のコーナーも眺めてみようと思う。

個人的おすすめ度 4.5

52ヘルツのくじらたち(町田 そのこ)

他の鯨には聞こえない声で歌う孤独な鯨がいるという。そのトーンは52ヘルツ。主人公のキナコは、誰にも聞こえない声を上げ続け、孤独の中で生きてきたのだが、やがてその声を聴いてくれる人が現れる。そして、同じように52ヘルツの声を上げている存在がいることに気づき始める。

どうしてみんなこんなにも辛い人生を歩まなくてはいけないのだろう。どうして誰か気づいてあげないのだろう。その声が聞こえたはずなのに、どうしてなかったことにしてしまえるのだろう。この物語に出てくる人たちの心の叫びは、社会という海の中へ消えていく。孤独の中で生きる気力を失おうとしているとき、その声を聴いてくれる人がたった一人いるだけで、そのことを支えに生きていけるのに。

キリコ、アンさん、52、彼らの人生は涙なくして読めない。あるいは、一見すると加害者に見える親や恋人たちも、本当は誰にも聞こえない声をあげていたのかもしれない。彼らの人生が気になり、深夜まで読みふけった頁を捲り続けた。

個人的おすすめ度 4.5

左手に告げるなかれ(渡辺 容子)

万引き犯を補足する保安士の八木薔子の元へ、かつて不倫関係にあった男の妻が殺害された事件で刑事がやってくる。刑事は彼女に右手を見せてほしいという。薔子は、自身への容疑を晴らすために事件を調べ始めるが、それは大きな事件の一端に過ぎないことが明らかになっていく。

殺人事件の背景に見える、コンビニとスーパーの覇権争いは、まるで経済小説のようなスリリングな展開。一方、殺人のトリックを解いていく過程はミステリーの王道の楽しみがある。それを彩る面々は個性的だが、主人公を始め魅力的な女性がたくさん登場する一方、そばにいる男のダメさ加減は、コンビニとスーパーの関係性と似た部分もあるように感じた。

物語はやがて悲しい結末を迎える。最後まで読むと、このタイトルが恐ろしく絶妙であることを理解する。表面的な意味だけでなく、複数の意味を兼ね備えたこの「左手に告げるなかれ」というフレーズは、物語の余韻と共にしばらく頭の中に響き続けた。

人間は右手に強さを、左手に弱さをもって生きているのだろう。

個人的おすすめ度 4.0

きりんの家にようこそ 見事に人生を生き切った人々(平蔵 見子)

ホームホスピスを作ると宣言してつくられたきりんの家には、人生の最期をどう生きるかを考える人たちがいる。入居者だけでなく、その家族、そして支援する人たち、みんなでお互いの人生がどうあるべきかを考えて行動している。

この本には著者がかかわった人たちの人生の一端が描かれている。本当にこれで良いのか、もっとできることがあったのではないかと自問自答しながら一人一人を振り返る。明確な正解はないのかもしれないが、自分のことを考えてくれる人がいるということがどれほど幸せなことなのだろうと思う。

自分自身の死に直面するのはやっぱり怖いし、それを受け入れていくのは容易なことではないだろう。もちろん残された家族にとっても同じである。そして、誰もが経験しなくてはならない現実であるのだから、社会としてその準備がしっかりできる環境が必要である。

淡々と語られるそれぞれの人生──家庭で、施設で、医療現場で、介護現場で、様々な場所で今日も人々は一生懸命生きている。

個人的おすすめ度 3.0

任侠書房(今野 敏)

阿岐本組は、素人衆を泣かしちゃいけねえという昔ながらのヤクザである。貸金の取り立てはまだしも、なりゆきで倒産しかけた出版社の経営をすることになる。主人公の日村は阿岐本組のナンバーツーであり、社長となった阿岐本と共に、出版社の役員として表の仕事をすることになる。

倒産しかけている出版社だけあって問題はいくつもあるが、彼らならではのやりかたでそこに挑んでいく展開が面白い。並行して工場の借金取り立ての対応も奇想天外で、いくつものトラブルを乗り越えていく姿を見ると、任侠道は本来こうあるべきなんだろうなと思ったりしてしまう。

後半は任侠小説らしくマル暴刑事とのバトルも繰り広げられ、一冊の中に「痛快」というエキスがたくさん入った物語である。シリーズ第一弾ということで、彼らのさらなる活躍に期待し、第二弾以降も読もうと思う。

個人的おすすめ度 4.0

鉄の骨(池井戸 潤)

中堅ゼネコンの若手社員である富島平太は、公共工事の受注を担当する業務課に異動する。そこは別名・談合課と呼ばれ、きれいごとでは済まない受注競争が繰り広げられていた。

そこに係る人たちは、談合は必要悪だという。もし談合がなければ、誰も幸せにならないというのである。平太の視点で読んでいると、談合を批判したくなる一方、彼らの言い分にも一理あると理解を示したくなる。

一方、談合を必要としているもう一つの存在が政治である。官製談合によって企業を抱き込み、金のかかる政治で自らの支配を強めようとする者がいる。地下鉄工事を巡って官製談合が行われようとする中、平太は苦悩と共に企業人としての行動を強いられていく。

多彩な登場人物たちが、それぞれの立場から正論を吐く姿がとても印象に残る。正義とは何かを問いながら、一級品のエンターテインメントとして楽しませてくれる作品である。文庫本650頁の大作だが、あっという間に読了した。

個人的おすすめ度 4.0