ボタニカ(朝井 まかて)

学術研究で名を残す人の横には、名もなき多くの支えがあった。植物学者・牧野富太郎氏のことはこの作品で初めて知ったが、植物への圧倒的な熱量、絶対的な現場主義、純粋すぎるが故にそれ以外のことにはまったく気づかない鈍感さ、あくまでフィクション作品ではあるが、その人物像と情景が鮮やかに浮かび上がった。

今やわからないことがあればインターネットで当たり前のように情報を調べることができる。知らない草花を見れば、写真で撮影して検索することさえできてしまう。しかし、ひとつひとつに名を与え、体系化し、誰もが理解できるようにした人たちがいる。それには膨大なエネルギーが必要なのだろうが、便利すぎる社会に生きているとその有難みを忘れてしまう。言わずもがな、学者たちを支える多くの人々への感謝はなきに等しい。

植物に疎い私は、名前が出てくる植物を何度も検索して調べながら本を読んだ。外を歩いていて目にする木々や草花はそれぞれ名前を持っている。市井の人々にもすべて名前があり、それぞれが存在意義を持って生きている社会と同じであった。この作品は、牧野氏と家族や周囲の人々の物語であるとともに、この社会に生きるすべての人を照らした物語である。

個人的おすすめ度 4.5