正欲(朝井 リョウ)

正しい欲求とは何だろうか。異性を見て性的興奮を覚えることは正しい性欲なのだろうか。食欲は、睡眠欲は、正しい欲求なのだろうか。誰がそれを何のために規定するのだろうか。自分がマジョリティに属していると思う人間が、そうでない人間を探しだし、両手を広げて受け入れる姿勢を見せることは、善行といえるのだろうか。多様性を享受する社会とは何だろうか。

この本を読んでいてつくづく自分自身の傲慢に行き当たる。共感という言葉に虚しささえ感じる。血のつながった家族は、他人とは言えないが、家族だという理由だけで分かり合えることはない。だからこそ、同じ喜びを共有できる人間がいると信じられることだけで、明日も生きたいという欲求を感じられるのかもしれない。自分自身がマジョリティだと信じている人間にとっては、それは容易なことなのだろうが……。

登場人物たちが感じているであろう孤立感も、私が理解していると錯覚しているに過ぎないのだと思う。それでもこの本を読むことに大きな意味を感じる。理解できない多くの存在があるということに気づけるように。

個人的おすすめ度 4.5