高瀬庄左衛門御留書(砂原 浩太朗)

人生はひとつの出会いで変わっていく。それに良いも悪いもないが、ついたらればを考えてしまう。過ぎた過去は変えられないが、未来は変えられるかもしれない。だから、読後もしばらく物語の世界に浸りながら、高瀬庄左衛門やその周囲の人々のその後の人生を想像した。

神山藩で郡方を務める高瀬庄左衛門は五十歳近くなり、妻を亡くしたものの、その役目を息子に譲って第二の人生を歩み始めているかに見えた。しかし、その息子を事故で失い、息子の妻であった志穂と手慰み程度の絵を描きながら日々を過ごしていた。

この物語が面白いのは、登場人物たちの多面的で微妙な感情が繊細に伝わってくるところである。また、描かれていない行間を想像させる筆力にも引き込まれる。気が付けば時間を忘れ、まるで自身が江戸の世にいて、彼らと同居しているかのような錯覚にさえ陥ってしまう。

大きな事件が過ぎ、何気ない日常が戻ったかに見えた後半には、さらに畳みかけるような展開があり、震えるほど感動して、それ以上表現する言葉が思いつかない。この心地よい読後感をぜひ読んで味わってもらいたい。

個人的おすすめ度 4.5