遠くの声に耳を澄ませて(宮下 奈都)

同じ日は二度とない。同じ人生もない。普通ということも実はひとつもない。すべての人の人生が特別だ。そのことを意識する必要もないほどに。

十二編の物語は、遠くの誰かの物語のようで、すぐ隣の誰かのような気もする。私の人生は誰かの人生の中にもあり、私の人生の中には多くの誰かが過ぎていく。毎日畑仕事をして生きてきた祖父母が語った遠い街の風景が、後半一気に目の前に広がる「アンデスの声」。新しい一歩は気づいたら始まっているのだろうと思えた「転がる小石」。旅に出た大切な人を思い出しながら大事なことに気づく「どこにでも猫がいる」。次々と紡がれる物語は、まるで乾いた土に撒かれた水のように心に染みていく。

それぞれ独立した短編の登場人物たちは、複数の物語に登場して、どこかで繋がっている。きっと二度、三度と読み返すと、さらに豊かな人の広がりが見えてくるのだろう。実社会の時間はきっとこんな風に流れているんだろうなとしみじみ感じる。

読了後、幸せとも何度も形容しがたい満足感に満たされ、自分なりに生きて行けばいいんだなという気持ちになった。時間をおいて再読したい一冊である。

個人的おすすめ度 3.5