逃亡者(中村 文則)

かつての戦争で、熱狂(ファナティズム)と称されたトランペット。戦場で多くの血を流させ、軍楽隊に属したトランぺッターをも殺したと云われる楽器。それを手にしたことで命を狙われることになる主人公のライター。

この楽器が発見された場所でのベトナム人女性との出会いから、長崎の潜伏キリシタンの歴史へと話は及び、やがてバラバラだった物語が現実へと終息していく。そして逃亡の果てに見えてきたものは……。

主人公の問いかけは、読む者の脆い正義感に疑問を投げかける。それは単なる自己保身、欺瞞ではないのか、と。尊い精神は本当に望まれたものなのか、愛とは何か、と。

この物語には、文字として書かれていない物語がたくさんある。それを想像しながら読むことにこの本の面白さを感じる。人間はときに、美しさのみに目を向け、愚かさから背けてしまう。だから、取り返しのつかない愚かな道を選択してしまう。ただし、それは必ずしも誤った道とは言えず、長い歴史の中では意味のある愚かさでもあるように思う。

個人的おすすめ度 4.0