羆嵐(吉村 昭)

北海道・苫前村で大正四年に起きた三毛別熊事件を取材して描かれたドキュメント小説。
羆(ひぐま)に襲われて7名の犠牲者を出したこの事件から、自然を前にしたときの人間の無力さを感じる。
そのことを事件で思い知りながらも、そこにいなかった人間にとってそれは単なる他所での出来事かもしれない。
だから人間は自然の前で驕り続け、やがてまた同じことを繰り返してしまう。

羆に対する畏怖の念は、人が敬うべき自然の象徴でもあると思う。
人の命も羆の命も自然の前では等しく扱われるのであり、私たちはそのことを受け入れて生きていくべきだろう。

淡々とした描写から、人々の心の変化が見事に伝わってくる。
小説であることを忘れ、あたかも自身がその場にいるのではないかとさえ感じたほどである。
自然と人間の普遍的な関係性を描いた作品であり、いつの時代でも読み続けられる名作と言えるだろう。

個人的おすすめ度 4.0