窓の魚(西 加奈子)

恋愛小説という先入観から読み始めた小説だったが、その期待は良い意味で裏切られた。二組の男女が温泉宿で過ごす一夜が、それぞれの視点から淡々と語られていくのだが、お互いの思いのすれ違いがなんとなく鬱々とした空気を感じさせる。

四人の関係性が明らかになっていく途中でふと事件が起こる。しかし、物語の中で四人がこの事件について語ることはない。それでいて、読者にその接点を想像させる要素がたくさん散りばめられている。読者は窓の向こうの魚を眺めるように、彼らの心の内を想像するしかないが、実は魚であるのは読者である私自身かもしれない。

自分は人にどう見られたいのか。現実はどう見られ、どう思われているのか。そんなことを考え始めると、不安ばかりが募っていく。そして、自分自身を見失うこともあるだろう。何も考えず、素直に人を信じることができたら、これほど楽なことはないのに。

読後のなんとも言えない余韻が素晴らしい。読み終わっても頭の中で想像が巡る。こういう読後感の作品こそ、文学らしい文学なのではないかと思う。

個人的おすすめ度 3.5