白光(朝井 まかて)

日本人女性として最初のイコン画家となった山下りんの物語。明治初期、絵師を目指すために茨城から江戸へ出たりんは、西洋画と出会い、その道を目指しはじめる。そして、絵を共に学ぶ仲間から、ロシヤ正教の教会へ来れば西洋画を見ることができると誘われ、信仰のためではなく絵のために教会へ通い始める。

やがてりんはロシアへ渡り、ロシヤ正教の考え方や、イコン(聖像画)の在り方や歴史などを学んでいく。私自身は、東方正教会(ロシヤ正教)についてほとんど理解がないまま読み始めので、りんがそのことを学んでいく過程で一緒に学ばせてもらったように感じた。

明治という時代は、西洋に追いつくべく急速に社会が変化していった時期だと想像している。信仰の自由が認められる一方、日露戦争ともなればロシヤ正教は敵だと見なされた時期もあったに違いない。また、歪んだ国粋主義を唱える者にとって、西洋画そのものへの批判に晒された時期もあったかもしれない。

りんが幸運だったのは、家族の理解や人との出会いに恵まれたことにもあるだろう。その環境を存分に生かし、社会に恩返しをしようとしたりんという人の生き方はとても素敵だ。そして、彼女をもっとも理解し、大きな影響を与えた人物は、真の聖職者と言えるニコライ主教であったのではないかと思う。

お茶の水のニコライ堂からは時に美しい鐘の音が聞こえてくる。この作品を読んだ後は、あの音が今までとは異なるものに聞こえてくるだろう。そして、イコンは何のために描かれるのかということについても、考えを改めさせられる作品だった。不意に涙を誘われるシーンもありつつ、学びの多い一冊である。

個人的おすすめ度 4.0