王国(中村 文則)

「掏摸」の兄妹編でもある本作品も、木崎に運命を握られてもてあそばれる主人公が描かれている。
自分で人生を選んでいるつもりでも、実は大きな力によって運命が操られているのかもしれない。
それでもなお抗って生きようとする人間という存在の意味を考えさせられる。
それはつまり、自分自身の生きる理由を顧みるということでもあると思う。

この物語の中には、ナイフのように鋭い表現が随所にあり、そのたびに抉られるような痛みを感じる。
例えば、「大勢が頷ける言葉は、その言葉に頷けない者達を、疎外感によって苦しめることがある」という表現があった。
そして、主人公はこのことを、自分自身が歪んでいて、社会をまっすぐに見ることができないからだと考える。
しかし、こうした感情に多くの人が共感するなら、歪んでいるのは社会であるのかもしれない。
あるいは、人間とはそうした社会に生きる運命にあるのだろうか。

この作品単体でも完成された作品であるが、できれば「掏摸」とあわせて読むことをお勧めしたい。

個人的おすすめ度 4.0