汚れた手をそこで拭かない(芦沢 央)

些細な人生の選択が、やがて大きな綻びとなることがある。それは自分自身にとってだけでなく、誰かの人生にも大きな影響を与える。振り返れば、だれもがそういう分岐点を通過して今を生きているのだろう。

末期がんの妻に、過去を悔恨を告白する職人の夫。学校でプールの水を誤って排水してしまった教師が、それを隠そうとしたことの顛末。独居の隣人が亡くなったことに、ある理由で責任の一端を感じる老人。クランクアップした映画がお蔵入りの危機に瀕して汗る映画監督。そして、かつての不倫相手に心の間隙を突かれる料理研究家。

身近でリアルな怖さを感じる五編の物語は、どれもきっと避けることもできたはずの出来事なのだが、人間であるが故の愚かさは当たり前のように社会に溢れている。他人事であれば娯楽にもなるのだろうが、当事者にとっては死活問題である。そして、この登場人物たちは他人のはずなのに、読んでいるといつの間にか主人公の視点で心をかき乱されている自分がいた。

なんとも形容し難い読後感で、なんとなく怖い夢を見そうな夜である。

個人的おすすめ度 3.5