歌うクジラ(村上 龍)

未来の人間社会──物理的な意味での不老長寿を手に入れた人間だが、社会は成熟するよりもむしろ荒廃し、人の心は成長しないまま、よりエゴが露出した社会となっていた。犯罪者とその子孫たちを隔離し、それ以外の場所で理想的な社会を作ろうとした試みから見えるのは、結局、地球にとってもっとも害のあるものは人間かもしれないという悲しい答えなのかもしれない。

村上龍氏の作品には、デビュー当時から人間社会への厭世的な雰囲気が漂っていたように思う。最近、経済番組などで、新しい技術などへの前向きな意見を聞きながらも、どこか違和感を感じてしまっていたのは、著者の心の底にある絶望感がにじみ出ているせいなのか、あるいは私自身がそう見てしまうからなのだろうか。この作品を読むと、著者の基本的な姿勢は今も何も変わっていないのだと思い知らされる。

前半はいったいこの物語はどこへ向かい、何を伝えようとしているのかがまったく見えてこなかった。正直、ページをめくる指先も重かった。しかし、下巻、特に後半になると、なるほどすべてはここへたどり着くための道のりだったのかと腑に落ちて一気に読了まで突き進んだ。今のところ物語が伝えようとする半分も理解できていないかもしれないが、ファンタジーのなかにリアリティを感じる作品だった。

個人的おすすめ度 3.5