似せ者(松井 今朝子)

異なる立場から歌舞伎に携わる人々を描いた四編の物語は、いずれも心にじわりと染みる秀作だった。

表題作の「似せ者」は、亡き名優に仕えた男が、似た役者に二代目を名乗らせて育てていこうとする話である。名優と似せ者、そして主人公の男、それぞれの生き方から、人生の不思議さ、面白さが見えてくる。

「狛犬」は、二人の役者の男物語だが、四作のうちで最も泣けた作品だった。大切なものは失って初めて気づくということがある。そういう思いを背負って人は生きていかなくてはいけないのだろう。

「鶴亀」は、興行師の男が、馴染みの役者の引退興行を取り仕切るために奔走する。最後の興行のあと、役者の行動が問題になっていくが、やがて興行師の男がこの役者にこだわるもう一つの理由などが明らかになっていく。

「心残して」は、幕末の江戸で、三味線弾きの主人公と武士の男の友情にも似た物語である。残された者の思いが語られるシーンは、この本に収録された四編すべてに通じる、生きている者が背負っている物事の重さを感じた。

小説であることも忘れて没頭してしまうほど鮮やかに描かれた人々の姿。いつの時代も人の心は変わらないものである。

個人的おすすめ度 4.0