シューマンの指(奥泉 光)

シューマンの文学的音楽、そしてその生き方が、現代を生きる若者を導く。その先にあるものは光なのか闇なのか。

里橋優の元に、鹿内堅一郎から驚くべき手紙が届いた。かつて天才と呼ばれたピアニスト・永嶺修人が、失ったはずの指を克服してピアノを演奏したというのである。里橋はそんなはずはないと思いながら、ある事件に至る過去を回想していく。そこには常にシューマンの音楽が存った。鳴っていたというより、まさに音楽が存在していたのである。

私は音楽の素人なので、素養のある人が読めば異なる感想を得るかもしれない。しかし、シューマンの曲が演奏者に求めることの難解さが伝わって来たのとあわせて、その曲たちをどのように解釈して文学的に表現していくのかという面白さが多分に感じられた。特に中盤から後半はこの本の世界観にどっぷり漬かって一気に読み切るほかなかった。

読み終えたのちの虚しさや切なさ、あるいはどこかに一筋の陽光もあり、言葉だけではとても伝えきれない複雑な感情が残った。この物語とシューマンの人生はまったく別なものでありながら、同じ瞬間に不自然さを感じさせず演奏されているようであった。

この本はまたいずれ読み返したい一冊である。

個人的おすすめ度 5.0