ららら科學の子(矢作 俊彦)

中国に密航して三十年後、日本に帰ってきた男は、失われた時間を取り戻すかのように日々を過ごす。かつての友、そして家族はどうしているのか、家はどうなったのか、そして日本はどのように変わり、世界はどのように変わったのか。

彼は自分のことを、玉手箱を持たずに竜宮城から帰ってきた浦島太郎と表現する。確かに帰国してからの彼は、どこかノスタルジーを求めながらも、現実との折り合いがつかずにいるように見えた。しかし、物語がラストに近づくにつれて現実を受け入れ始めた男は、自分が帰国したのはなぜかを問い、そして過去ではなく未来へ向かって歩み始める。

表題になっている「ららら科學の子」は鉄腕アトムの歌である。鉄腕アトムの世界観はとても深く、そこには人間とは何かという哲学が横わたっている。男はそのことを今の社会と重ねて考えていくのだが、アトムの世界の問題はロボットの問題ではなく、人間そのものの問題であるということが改めて感じられる。

淡々と進んでいく物語だが、読み終えたときに懐かしさのような不思議な余韻が残る一冊である。

個人的おすすめ度 3.5