くちびるに歌を(中田 永一)

長崎の五島列島にある中学校の生徒たちの、合唱コンクールへ向けた青春のひと時を描いた作品は、読んでいる間だけ自分の年齢を忘れてその頃に戻ったような気持ちになれる清涼感溢れる一冊だった。

産休に入る音楽教師の代理で学校に来た柏木先生の魅力によって、突然男子部員が入部してきた合唱部。そこに楽しさを感じる生徒もいれば、対立する生徒もいて、男女混声合唱はなかなか形になっていかない。そして、柏木先生が生徒たちに与えた宿題は、十五年後の自分に手紙を書くことだった。未来の自分がどうなっているのか、それを想像しながら生徒たちは成長していく。

主人公の一人であるサトルは、人とのコミュニケーションが苦手であるのに、成り行きで合唱団に入ることになってしまうのだが、彼の変化は読んでいて本当に気持ちがいい。一方、もう一人の主人公ナズナは、ダメな父親への反発から男子が嫌いで、男子部員にも反対の姿勢を見せるのだが、彼女の頑なな心もやがて溶けていくことになる。

大会当日を迎えたクライマックスは、笑顔で泣けるような感動がある。十五年後、彼らは自分たちにどのような手紙を書くのだろう。五島列島から見える青空が本を置いた先に見えるような気がした。

個人的おすすめ度 3.5